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「受胎告知」ほど画家をインスパイアして、多くの作品を生んだ主題はないかもしれない。

 

■□■□■   【ウフィッツィ美術館で、ルネサンスの名宝を見て歩く①】    ■□■□■   

 

ウフィッツィ美術館まず3階に上がり、ほぼ年代順に絵を見ていく流れです。なのでいちばん

おなじみのボッティチェリダ・ヴィンチなどルネサンス盛期の画家は少し先。ジオットのあとはやはり初期ルネサンスの天才、マルティーニ(1284年頃 - 1344年)のある部屋に入ります。

f:id:iwasarintaro:20140604111019j:plainシモーネ・マルティーニ 『受胎告知』 1333年 ウフィツィ美術館

 

この絵のタイトルは言うまでもなく、「受胎告知」。シエナ大聖堂のために制作した祭壇画で、ツ

ンツンとがったゴシック風のフレームや、塗り込められた金地、また聖人や預言者がちりばめられまことに格調高い。画面左では、美しい大天使ガブリエルが今まさに、うやうやしくオリーブの枝を掲げ、衣装をなびかせながら舞い降り、「おめでとう、恵まれた方、神は御身とともに」と祝福を荘重に告げている。

 

ところが思わず笑ってしまうのは、懐妊を告げられたマリアの反応です。マリアは、「え、うっそ

ー、マジィ~?」と、語尾を上げながら言ったかどうかはともかく(笑)、「信じらんない」との反応

なのであります。 ルカによる福音書でのマリアのことば、「どうして、そのようなことがありえま

しょう。わたしは男の人を知りませんのに」をもとに、画家が解釈して演出したものと思われます。

 

処女懐胎」と言えば、キリスト教のなかでも最もユニークな教義でしょう。科学の現代において、この荒唐な物語を受容できるかどうかは別にして。ですので本来ならば、マリアももっともっと慎み深く恐れ入って受け入れてもいいはずですが。たとえば、下のフラ・アンジェリコの絵のように。

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フラ・アンジェリコ 『受胎告知』144550年 サン・マルコ美術館(フィレンツェ

 

この作品はウフィッツィにほど近い修道院の壁に描かれたフレスコ画。横幅は2メートル超。敬虔な画僧が、ひたすら祈りを捧げる生活のなかで、宗教的な想像力の限りを尽くして描いた傑作です。

ありえないはずの秘跡が、まるで眼前に起こったかのように思わせる迫真力と説得力。至純と静謐の美の頂点です。マリアも運命をあらかじめ受け入れている風です。ところが驚くべきことに、フラ・アンジェリコのこの絵の方が実はマルティーニより100年もあとの作品。逆にいうと、100年前のマルティーニがどれだけ時代を超えて革命的だったか、と言うことです。

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ふたたびマルティーニに戻ると、画家は教義に盲目的にひれ伏してはいません。わが感情をこめて理解をしようとしています。不遜なまでに。この辺りはもうすでに、人間中心主義と言われるルネサンスの精神の反映です。ビザンチンの謹直さはもうここになく、もっと先の時代を予見するような、むしろ優美と繊細、それにコケットリーさえ画調に含んでいるのです。

 

こんな素晴らしい「受胎告知」を見比べられるのも、世界の美術の帝都、フィレンツェの凄さでしょう。