この童画的な幻想性を愛さずにいられない。ウッチェロは本当にルネサンスの人なのか?

 

■□■□■    【ウフィッツィ美術館で、ルネサンスの名宝を見て歩く】   ■□■□■   

 

パオロ・ウッチェロ (1397-1475).ルネサンス前期の画家。下の図の「サン・ロマーノの戦い」はフィレンツェ軍とシエナ軍の都市間戦争の模様を描いた大作で、惨劇を描いているはずなのに夜の遊園地のような不思議なファンタジーに満ち満ちている。前回の「三博士」のジェンティーレが耽美を旨とすれば、ウッチェロ最大の美質はイノセンス。成熟を拒否した子供のような童心と聖性を感じます。華麗な装飾性は共通で、美術史的には「国際ゴシック様式」と呼ばれますが、両者がウフィッツィの隣り合う部屋の壁を挟んでちょうど背中合せに展示されているのも興味深い。

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ウッチェロ 「サン・ロマーノの戦い」1450年頃 181.5×321.5フィレンツェウフィッツィ美術館  

 

以前からウッチェロを見るたび、リアルでフィジカルな表現に向かうルネサンス絵画の潮流とは異なるゆえに、時代を間違えて出てきた人ではなかろうかとか、あるいはノアの方舟のように遺伝子を積んで漂流している画家ではないか、などと僕は感じていました。というのはこのタッチや輪郭、画面の整理など、現代アニメやTVゲームの絵と言っても通じるし、大変に魅力的なので。

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もちろんルネサンスの遠近法などはさすがに押さえています。というより自在な遠近法は、映画のカメラワークのように達者です。今さら遠近法などと言いだすと当たり前のことをなぜ、と怪訝に思われるかもしれませんが、それは我々が遠近法をコンピュータのOSのように、意識せずに暗黙のうちに使いこなしているせいです。しかし千年も続いたことごとく平面的なビザンティン様式からルネサンスに至って初めて遠近法が発明され、3次元を平面に表現し得た当時の人々の、驚きや興奮を、この絵を前に改めて追体験できる気がします。

 

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またウッチェロは、球形の馬のお尻などに見るがごとく、早くも世界を立体的な幾何学に分解して絵の中に再構成しようとしている点でも意欲的です。これは後年のピカソキュビスムセザンヌを400年以上も先駆しています。ガラパゴスと思われていた国際ゴシック様式が伏流して、19世紀以降の近代絵画に影響を与えたとしたら、これはまことに痛快です。

さてもう1点、ぜひ見て頂きたい「聖ゲオルギウスと竜」。個人的にはとても好きな作品です。

f:id:iwasarintaro:20140623104522j:plainウッチェロ 「聖ゲオルギウスと竜」 1460年頃 ロンドン/ナショナル・ギャラリー  

  伝説の騎士が有翼竜のいけにえになった姫を救うという宗教説話。意外と残酷性がなくて絵空事のよう(笑)で救われます。冒険小説の挿絵にも見え、騎士は少年か、あるいはアンドロイド?スターウォーズのような宇宙観にも見えますが、同時に何か哀調がありますね。  

ウッチェロはビザンチンの古格な様式を受継ぎ、ルネサンス式遠近法と画面構成の文法をみずからも創造し、しかも怪奇や幻想を画題にして、はるか後世に遺伝子を配りました。実に射程の長いルネサンスの巨砲のひとりだったと、僕は評価しています。