盛期ルネサンス極めつけの一点。「ヴィーナスの誕生」は、スキャンダラスなまでに衝撃的。

わがウフィッツィ美術館めぐりも、ようやくにして名画中の名画、ボッティチェルリの「ヴィーナス

の誕生」にたどり着きました。あまりに教科書的なこの絵、いったいどこがいいのか。印刷物

やネットだけでは判らないのですが、まず、オッと驚くほどデカいんです。横幅3メートル近く。

縦は正確に言うと172.5センチ。デカければいいってわけでもないが、これだけ大きいと女

神像も等身大に近づいてくる。もし、あなたがこの絵の掛かっていたメディチ家別荘に賓客と

して招かれたとしたら・・・。たぶん賛嘆の声を発したでしょうね。昔のギリシャの神々が蘇り、

降臨して人々と酒を酌み交わし、サロンでの歓楽を共にしている、そう感じたかもしれない。キリスト教とは無縁の、スキャンダラスな迄に解放された官能的世界が開けていたのですから。

 

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サンドロ・ボッティチェルリ 「ヴィーナスの誕生1483年頃 油彩・カンヴァス ウフィッツィ美術館(フィレンツェ)  

 図像学的な説明を少しだけ加えておきますと、中央は言わずと知れたギリシャ神話の愛と美と豊穣の女神アプロディーテ。英語読みならヴィーナスです。実は出自は血なまぐさくて、大地の女神ガイアが自分が産んだ空の神ウラノスと交わり多くの子をなすが、やがて不仲となり、子供クロノスに命じて夫ウラノスの男根を切り取らせ、殺させます。近親相姦、父殺し、何でもありのカルトなギリシャ神話です。男根は海に捨てられ精液の泡となって漂い、その泡の中から絶世の美神、ヴィーナスが誕生。西風ゼピュロスに吹かれてただいま島に到着しました、と言う次第。

                      

 

この絵のインパクトは、清澄な色遣いなどにもありますが、何と言ってもヴィーナスのあられもないヌード姿でしょう。ギリシャやローマの彫刻ならいざ知らず、まだ謹直なキリスト教の時代に、神話の形をとったとはいえ、このヌード像は大胆すぎます。画家も安全のため、女神ホライ(画面右)をして、「さ、早くお召し物を!」と服を差し出させ、エクスキューズしてはいますが(笑)。これ以降ルネサンスは「ウルビーノのヴィーナス」のティツィアーノなど、裸婦をベッドに横たえる所までエスカレ―トして、ポルノグラフィ寸前に。ボッティチェリルネサンス以降近代ヌード画の元祖と言えます。

楕円のホタテ貝はお立ち台。放射状の線はフットライト。三角形の空間の構図は実に独創的です。どこにも重力感がないのに造形として安定している。荘厳の花々が浮遊する、祝意に満ちた世界。いまちょうど幕が上がったかのような衝撃的なデビュー感。天才の瞬発力が宿されています。

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話は急に飛びますが、こうなると北方のルネサンスの天才、ブリューゲルもセットで紹介したくなります。フランドル(現ベルギー)の人です。ウィーンで下の絵を見て僕は、ルネサンスの本質を直感的に理解しました。

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 ピーテル・ブリューゲル 「謝肉祭と四旬節の喧嘩」 1559年 118×164.5cm  油彩・板 ウィーン美術史美術館

 

ルネサンスのヒューマニスムとは何か。それは人を神と同等かそれ以上に扱い、と言って人に甘いわけでなく、辛らつな目で人間の愚かさも見つめ、自身をガハハと笑い飛ばす乾いた精神。ブリューゲルも絵の構図など上手ではありませんが、執拗なのめり込みと百科事典的な網羅主義で、やがて神から離れ自立せざるを得ない人間の悲哀を描いている。僕はその後のデカルト哲学やフランス革命などの源流として、西洋精神を決定づけるものとして、アルプス以北のルネサンスの重味を、イタリア同様に畏怖して見ています。