■□■□■【カラヴァッジオの偉大さを、いまさらながら発見して驚嘆した2/2】 ■□■□■
「聖マタイの召命」と名づけられたこのカラヴァッジオの絵。ちょうど1600年の作。ミラノで修行した
カラヴァッジオがローマで認められ、一躍人気画家になった出世作です。同時に最高傑作の1点で
もあります。右端の指差す頬髭の男がイエス。手前は一番弟子のペテロ。イエスは布教を行いなが
ら12人の使徒を次々リクルートして行くわけですが、ここで選ばれたのは徴税人のマタイ。まだ左
端でうつむいてお金を数えている若者。当時、ローマの支配下で徴税人はユダヤ人の金をローマ
に吸い上げるとして蔑まれていました。最初の弟子のペテロにしても、もとはガリラヤ湖で魚を獲る
身分の卑しい漁夫。そのようなものたちが青天の霹靂と言うのか、運命と使命を翻然として悟り、
職を捨て相次いで困難な布教の旅に出る。のちにマタイの福音書を書いたとされるこの青年も、お
そらくこの直後立ち上がり、人生を投げうってイエスに従い部屋を出て行ったのでしょう。
カラヴァッジョ≪聖マタイの召命≫332×340 ローマ サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会
絵の持つリアルで小気味のいいタッチはもうわれわれに親しい近代のものですね。また斜め上
から射す光がかっこいいです!そして窓枠はちゃんと十字架に。光と闇による物語りの演出は、
構図のゆるみもなく堅牢です。色調も含め、のちのベラスケスやレンブラントの登場をすでに予
告しています。また「バッカス」でもそうでしたが、人体解剖の経験など無い筈なのに、身体の筋
肉のひねりや骨格の傾き、重心の置き方などに実に高い納得性があり、群像の構成力も合わ
せて、まことに天才肌の筆致といわねばなりません。
もうこの辺でお気づきの読者の方もあるかもしれませんが、これってダヴィンチの「最後の晩餐」
をお手本にしていると思いませんか。カラヴァッジオは、イエスの生涯を大天才と連作したつもり
だったかも知れません。オマージュを捧げたともいえますね。実際、彼は10代の頃からミラノで、
「最後の晩餐」に親しんでいたはずですから。
ベラスケス ≪キリストの磔刑≫ 1631-1632年頃 248×169 マドリッド プラド美術館
マネ ≪ エミール・ゾラの肖像≫1867-1868年 146×114 パリ オルセー美術館
ところで、ルネサンスを葬り近代絵画を開いた19世紀のマネは、「パリのスペイン人」と言われ
るくらいスペイン好みで、17世紀のベラスケスに影響を受けているとされます。そのべラスケ
スがカラヴァッジオから影響を受けているのは一目瞭然です。3人の画像をご覧ください。
粉飾の全く無いシャープなリアリズムと明暗の劇的演出は共通です。美術ファンならこ
の流れの中に、レンブラントの「夜警」やフェルメールの「画家のアトリエ」などの名
画が含まれているのを見つけ出すことは容易でしょう。
黒の色使いについても、のちの印象派の画家たちが避けて通った色に、彼らは皆、変幻
の色彩を見出し、仇っぽいまでに肉感的な使いこなをしています。こうして見て行くと
大変な影響力、と言うよりは近代の絵画はカラヴァッジオを水源として流れ出したと言
ったほうがもう適切でしょう。
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彼の影響については書き足りない事はまだいろいろありますが、とりあえず今回の結論。
近代絵画はカラヴァッジオに始まり、ベラスケスを中継し、マネによって花咲いた、と。
この3段跳び論は大胆すぎますか。
■ニューズレター配信 ものがたり創造研究所 美術評論家 岩佐 倫太郎
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