【花と鳥の万華鏡 ―春草・御舟の花、栖鳳・松篁の鳥】
東京広尾の山種美術館。恵比寿駅から駒沢通りを歩いて10分。僕は京橋のブリヂストンと並んで,
洋画をこの山種美術館がとても気に入っています。ブリヂストンがモネ、ルノワールなど珠玉のような
所蔵しているなら、こちらは日本画専門です。名前はもうご存知でしょうが、速水御舟、奥村土牛、
竹内栖鳳(せいほう)など、もう書ききれない名画、有品の数々を所蔵しています。
さて、先日も東京出張の折に久しぶりに訪ねてみました。展覧会の名は、「花と鳥の万華鏡 ―春
草・御舟の花、栖鳳・松篁の鳥」。まず最初に出会うのは、この絵です。
速水御舟《牡丹花(墨牡丹)》1934(昭和9)年 紙本・墨画彩色 山種美術館
綺麗ですねえ。単に綺麗とはいえない妖艶さもありますね。黒一色なのに。牡丹特有の王者のような
香りも漂ってきそうです。それでいてどこかゾクっとする怖さと言うか、凄みと言うか。これは山種美
術館の展示手法の特徴ですが、展示会のコンセプトと品質を象徴するものをまず最初に持ってくる。
こんな作品にのっけから対面できるとは、美の至福といわずして何と言うべきか。
ところで御舟は早世の作家です。41歳で世を去ります。僕はこの作家の作品を見るたび、痛ましさ
と哀惜の念を覚えずにいられません。あまりに早く美神に見出され、寵愛を受けすぎた。渡っては
いけない彼岸に魅せられ、ついに渡ってしまったのではないかと思うわけです。実際には病死です
けど。彼を見るとつい早世の天才音楽家、モーツァルトを思い出します。ピアノ協奏曲21番など、
美しい天国のような階段を登るピアノの旋律に魅せられながら、それが途中で聞くほうは、冥界に足を
踏み入れたのではないかと感じるほどの恐ろしさも感じる。モーツアルトは華麗で陽気で枯渇を知ら
ない才能と裏腹に、自分の死を早くから予感して、この世に先に別れいく切なさを音楽で語っている
ようにも僕は感じるのです。
展覧会場を進むと、日本画ならではの多くの屏風や掛け軸が並ぶ風景です。僕も何か着物に着替
えたようなリラックスを感じます。コーナーを曲がって、何度も見慣れたはずの大型屏風が目に飛び
込んできました。それでなくても金箔をバックにして目立ちますが。
速水御舟《翠苔緑芝》1928(昭和3)年 紙本金地・彩色 山種美術館
右隻(うせき)は中心に黒猫。いかにも院展の伝統のような猫の登場。近くで実際に見る
と猫の毛のふわふわ感が筆のタッチを利用して巧みに描かれています。実のなる木は枇杷、
エキゾティックです。そして幹もキッパリ青いのは青桐。左隻にはアジサイと遊ぶウサギ。
鳥獣戯画のような笑えるウサギに、深刻に入れ込みがちな御舟にも、こんな晴朗な気分で
絵を描くことがあったんだと思い、これまで気づかなかったこの絵の大傑作ぶりに気づき、
嬉しくなって何か救われた気分で恵比寿駅へのだらだら坂を下っていったのでした。
美術評論家 岩佐 倫太郎
【後記】3月26日、大阪梅田のグランフロントで講演会をして、ルネサンスから印象派、日本の琳派の