はじめに僕のオク手な春画体験を書いておきましょう。それは約1年前、箱根・小涌谷の岡田美
術館(※1)。そもそも春画というか男女の交合図を常設で見せている美術館なんて、まず例が無
いでしょうが、この館は古今の東洋美術の莫大なコレクションを収納展示する建屋の一角に、18
歳未満お断りの表示とともに何と春画のコーナーがあったのです。
僕は薄暗い部屋で春画を見ていくうちに、何か体が奥のほうから熱くなるのを感じました。いい絵
を見ると経験的に冷え醒める感覚が出てくるんですが、このときは逆でしたね。ま近に見るナマな
春画にアガッてしまい茫然自失したんでしょうか。部屋を出た後、われながらこの感覚をいぶかし
んで、もう一度入りなおしました。好きだねえ!と笑われるかもしれません。ところが2度目ともな
るとこちらも余裕が出ます。作品群をしげしげ眺めているうちに思わず口角に笑いがこみ上げて
来るのがわかりました。なんと言う天真爛漫な性の狼藉。誇張された男根やどうなってんのと言
いたくなる脚と脚の絡み合い、恍惚を味わう男女の表情。性のタブーとは無縁の、抜け目が無くて
底抜けに陽気で無差別。やっとるわい!と、それこそ丸裸な日本人の性の世界を眺めたのでした。
ところで、春画は、印象派とそれ以降の近代絵画に根本的な影響を与えた、というのが僕のかね
ての考え。
たとえば《世界の根源》と題するクールベの絵(※2)やドガの湯浴みする女の絵にも、春
画の直接的な影響を見て取れます。
この絵自体をパリの画家や小説家が見たかどうかは不明ですが
しかしながら、春画からもっとも奥深いところで影響を受けたのは、印象派の開祖といってもいい
マネでしょう。彼の《草上の昼食》や《オランピア》は、ボッティチェルリの《ヴィーナスの誕生》いらい
ずっと西洋絵画が守ってきた、「ヌード表現は、神話の女神の場合だけに許される」という約束事を
見事に裏切りました。猛烈なブーイングが起きたのももっともかもしれません。
いったいマネこんな革命を起こさせた原動力は何か。それは春画の思想がもつ爆薬効果でしょう。
ボッティチェルリ《ヴィーナスの誕生》は女神だが、マネ《オランピア》は娼婦 400年の時間差
そう考えないと、僕にはマネの踏み出した危険きわまる巨大な1歩が理解できないのです。19世紀
後半、ジャポニスムの流行で大量の浮世絵がヨーロッパに流れ込み、そのうち一定割合は間違いな
く春画だった。春画を描かない浮世絵師はいない訳です。記録によると、浮世絵の熱心なコレクター
はマネを始め、クールベ、モネ、ドガ、ゴッホなど。文学者ではボードレールやゾラたちです。もしかす
ると、画商は春画と抱き合わせることで、浮世絵を大量に販売したのかもしれない。画家たちは春画
のありていでイノセントな性表現に驚愕し、カッと熱くなり、思想に触発され、長らくキリスト教倫理の中
で抑圧され続けた性表現を一気に解き放つに至ったのだと思われます。
さて春画によって解放された精神は、猛烈なスピードとエネルギーで古びたアカデミズムの四角四面
な檻を壊して、性表現のみならず、あまねく表現の自由と新しい可能性に向かいます。振り返れば、
印象派も象徴派も、ピカソも抽象画もすべての西洋近代絵画は、日本の春画のラジカリズムなくして
はこの世に生まれてこなかったと思えます。と言うわけで、今回の結論。偉大なり、日本の春画――。
【後記】
9月19日から、永青文庫(東京・目白、細川護煕理事長)が主催して、春画展が開かれます。
2013、4年に開かれて大反響を呼んだ大英博物館の春画の展示作品ほか、内外から名品が集ま
る日本初の本格的春画展。企画と見識に敬意を払うとともに、この流れを歓迎するものです。
http://www.eiseibunko.com/shunga/ 永青文庫SHUNGA春画展
(※1)http://www.okada-museum.com/ 岡田美術館
(※2)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E8%B5%B7%E6%BA%90
■ニューズレター配信 美術評論家 岩佐 倫太郎