屏風絵の見方にはちょっとしたコツがある。それが分かると急に楽しくなるはずだ。

【生誕180年記念 富岡鉄斎―近代への架け橋―展その②】兵庫県立美術館

 

鉄斎など大型の屏風絵には鑑賞の仕方にちょっとしたコツがあって、西洋画のように俯瞰で対峙して全体の意味を考え、大きい幹から順に細部に分け入って見るといったやり方は適切ではありません。そうではなく意味を考えるのを後回しにして、まず虫眼鏡のように、双六のように部分を追い駆けながら見ていくのがいいのです。すると画中には必ず仙人や高徳の士と思しき登場人物が待ち受けています。ここでは火口原の白い装束の人物がそうです。富士に16回も登った池大雅とその仲間の登山の様子ですが、彼らはあなたの案内役、あるいはアバター(あなたの身代わり)でもあります。

 

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《富士山図 》(左隻)1898 年 紙本着色、六曲一双 清荒神清澄寺 鉄斎美術館蔵 ◇前期展示

 

となれば、誰かこれらの人物の一人を追いかけて、屏風の物語世界に分け入り、こころを遊ばせてしばし富士山をバーチャル・トリップすればいいのです。これぞ屏風絵の醍醐味。それが一巡した後、改めて全体を離れて見渡すとどうでしょうか。今度はマクロな俯瞰で気宇壮大な世界を掌中にすることができる。一粒で2度おいしい、視線の遠近の往復運動を、大屏風の前では近づいたり離れたりしながら、ぜひ試してみてください。

さて絵画として鉄斎の絵の特徴は、およそ3つあります。1番目はだれもが感じるように色彩感覚がシャープなこと。下の《群仙集会図》なども、抑制して使っている緑青や群青、そして赤の顔料が思わぬ効果を発揮して、西洋絵画に負けない色彩感覚が生まれる。鉄斎はゴーギャンドラクロアなどとも通ずる才能あるカラリストです。

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《群仙集会図 ぐんせんしゅうかいず》   

1916 年 絹本着色、一幅 188.0×71.2   

清荒神清澄寺 鉄斎美術館蔵 ◇後期展示  

 

2番目に彼のいいのは、《富士山図》にも見る如く、際立ったグラフィック感覚。絵と賛(文字)と余白のバランスがこれ以上なく小気味よい緊張感で拮抗しています。我々はすでに琳派俵屋宗達本阿弥光悦のコラボによる鶴の絵の巻物において、絵と文字が現代広告のようなグラフィックを達成済みなのを知っていますが、鉄斎の場合にはそれを一人で、しかも朱の印影なども加えながら完璧な空間を作っている。日本の文人ながら、彼の絵が西洋画に通じるといわれるゆえんのひとつです。

さて3番目の特徴は、彼の絵のユーモア感覚でしょう。近代芸術は先に進むにしたがって、神経質で狭量なものになりがちですが、鉄斎だけは例外。たくまぬ楽天の野太い笑いというものが、ちょっとした虎や仙人などの絵にも潜んでいて、折に触れて笑いがにじみだすのです。世界を肯定する力が実に大きい、と言ってもいいかもしれません。ともかくこんな事も頭の隅に置いて鉄斎を見て頂ければ、これまで縁が遠いと思っていた画家が、よく本を読み、旅をし、パワースポットでエネルギーをもらい、長生きを目指し・・・、と我々と何ら変わらない願望を持って人生に処した先達なんだとわかり、少し身近に思えてきます。そして年を取るほどに画業は自在になり、エネルギーにあふれ、現実の山河に仙境を見出し、自足した人生を歩み、あと1日で90歳まで生きました。羨ましい人ですが、我々の歳の取り方もかくありたいと思次第です(この項、完)。

 

http://www.artm.pref.hyogo.jp/exhibition/t_1603/ ←展覧会HP

◇前期展示 4月10日まで ◇後期展示 4月12日~5月8日

 

ニューズレター配信 美術評論家 岩佐倫太郎 

■後記 僕の家の近くの宝塚中央図書館には、図書館の中に「聖光文庫」という美術専門の図書室があって、そこの図書の購入は、鉄斎美術館の入場料の全額寄付で賄われています。蔵書は古今東西の美術史、絵画、書、彫刻、工芸、考古、建築、庭園など大変な充実ぶりで、僕にとってもこれほどありがたいことはなく、美術評論の活動をしたりできるのも、この図書室があったればこそ。それで何かお礼をしなければと、去年の秋は図書館で無料講演会を開いていただき、鉄斎の絵の見方や陶淵明の詩の関連について話させてもらいました。