カラヴァッジョさん、あなたは死の最期の瞬間、何を考えたのか?

日伊国交流樹立150周年記念 カラヴァッジョ展】その④国立西洋美術館

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「カラヴァッジョさん、さっきの話に戻しますけど、あなたの劇的なまでの明暗法を

継いだのがベラスケス、そのベラスケスをマネが学んだ。なのであなたの最後の

弟子がマネ。そこまでは分かります。そのマネがルネサンスの息の根を止めた、

と言うのは?」

 

「ヌード画を思い出してもらいたい。近世の最初のヌードはボッティチェルリの《ヴィ

ーナスの誕生》だ。それ以来、裸婦像は西洋では神話の女神という約束事の下で

なら描いていいこととして、400年も続くんだ。そしてマネになって初めて、女神でも

ない普通の女性のヌードが登場した」

 

「《草上の昼食》とか、《オランピア》ですね。オランピアは娼婦ですね。女神の対極

かも知れない。それでみんな怒ったんでしたよね」

 

「自分たちが使っていた建前を暴かれたから恥辱を感じたんだな。人はそういう時

に怒るもんなんだ。ともかく、マネはルネサンス以来の、ヌードは女神に限るという

鉄則を毀した。マネが毀したのはもうひとつある。遠近法だ。ルネサンスが発明し

てその後、金科玉条のごと守られていた一点透視図法をやめてしまったんだ。それ

には日本の浮世絵の影響も大きいな」

                        

         

                         

 

「そうなんですね」

 

「どうでもいいけど、その相槌の打ち方はやめてくれんか」

 

「気に障ったらすみません。それであなたの最期について聞きたいんですが。ローマ

 

郊外の港町のポルト・エルコレで死にました」

 

「まとめに入ってるのか(笑)」

「カラヴァッジョさんは貧しい港町の病院で最期を迎えました。看取る家族も

なく、所持品もなく。それもまだ若い38歳でしたね。後悔はなかったですか」

「行き倒れになったところを病院に担ぎ込まれた。今も覚えているよ。小さい

粗末なベッドでな。シーツも擦り切れてた。教皇の恩赦を求めローマに行くつ

もりが荷物もなくして、恩赦を得るために肌身離さず持っていた贈り物にする

絵も失って、熱病にかかりベッドの上でブルブル震えていたんだ。後悔はなか

ったかって?大ありだよ。若い日に喧嘩で人を殺めた。そして逃亡者となって

官憲や仇の目を避けて住む流れ者の人生だった。そのくせ行く先々でトラブル

を起こした。いくら絵の腕があってほめそやされようと、一日たりと心の休ま

るときはなかった。それでも惧れと贖罪の意識で、逃亡先でも絵筆を動かした。

俺の人生、何だったんだと考えながらな」

「そして最後の最後は、我とわが運命を呪って、歯噛みして死んで行った訳ですね?」

「大いに違うな!」

「え?!」

「普通ならあんたの思う通りだろうよ。殺人者のお尋ね者の末路は、それくらいが丁度

だと、多くの人も考える。だがな、事実は全く違うんだ」

「じゃあ、どうだったんです?司祭を呼んで告解でもしたんですか。人殺しを悔いて」

「確かに臨終の枕辺には司祭も来た。しかし俺にはそんな儀式は無くてよかったんだ」

「それはまたなぜ?」

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《ロレートの聖母》 1604-06年頃 260×150cm サンタゴスティーノ教会 ローマ

※この画像は参考図像。作品は今回の「カラヴァッジョ展」に出品されていません。ご注意ください。

 

「ひとは死ぬ前に生涯の映像をすべて思い出すというがな、俺の場合は、自分の作品

一つ一つが浮かんで来たんだ。まず最初に浮かんできたのは《聖パウロの回心》だ。

知ってるな?キリストを弾圧する側のパウロが、イエスの幻声を聴き、その瞬間、回心

が起こって自分でも驚いて落馬した。背中を地面につけて、両手を挙げたあの絵だよ。

俺もまさにその心境だった。いまわのベッドの上で、赦しを求めて両手を差し出していた。

次に目の前に《ロレートの聖母》が浮かんだんだ。マリア様が頭の上には光輪を輝かし、

幼子イエスを抱いて門口に顕現された例の図柄だ。貧しい巡礼は足の裏を泥で汚し、

膝をついて杖にすがり、ありえない奇蹟のあまりのありがたさに手を合わせている・・。

自分で描いておきながら、この巡礼は自分のことだと初めて気づいたよ」(つづく)。

カラヴァッジョ展は東京・上野公園の国立西洋美術館612日(日)まで

ニューズレター配信   岩佐倫太郎  美術評論家

後記 今回で終わるつもりが、次回までに。あと1回、懲りずにお付き合いください。