■祇園祭の山鉾に、ギリシャ神話を見た!(その2)

 

さて、《ヘクトールとアンドロマケ》は何処に?我ながらご苦労な事ではあるが、そのタペストリーを探して超炎天下、御池から裏道を先頭の「長刀(なぎなた)鉾」のいる四条までいったん出て、そこから逆に戻るようにしてみた。長刀鉾は「くじ取らず」といって、くじ引きに依らず巡行ではいつも先頭に決まっている。今年は先頭グループの「霰(あられ)天神山」がその懸物をしているとの情報も得たので、鳥居を頂く特徴ある山車の織物を確かめて見たが、それは海と海豚のような図柄で確かにギリシャ神話だろうが目指すではなかった。
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◆鶏鉾(にわとりほこ)◆ 右の綴れ織が、中世にベルギーで織られた《ヘクトールトアンドロマケ》を複製新調したもの。

夏の京都の日中を動き回るのも、なかなか自虐的だ。途中見つけておいたタイ料理の店でひと息入れることにする。香辛料とビールで思い切り発汗させて体温を下げておいて、そのあともう一度、ヨイショと気合を入れて立ち上がり、四条新町の交差点に向かった。すると背の高い鉾がちょうどタイミングよく辻回しに入っていて、大勢の男たちが声を掛け合いながら一斉に仕事を始めたのだ。浴衣の背中には「鶏(にわとり)」の文字が染め抜かれている。それで、ああ、これが鶏鉾なんだなと判る。その鉾に視線を移して、鉾の背面にある飾りを見上げていくとおぉ!なんと目指す《ヘクトールとアンドロマケ》の織物が麗々しく懸けられ、見てくと言わんばかりにこちらに向かって回転してくるではないか!確かに幼児の姿もある。間違いない。                        

トロイの王子、ヘクトールギリシャの敵将アキレウスとの戦いに赴く朝、家族と束の間の別れを惜しむ。綴れ織りの画像を見て頂くと、手前の中心人物がそのヘクトール。後ろの武人は、父王プリアモスと王妃だろう。実はこれが妻や幼な子、父母との最期の別れとなるのだが。王子は討たれ、遺体は引きずり回され、妻のアンドロマケは仇のアキレウスの子に戦利品として与えられ妻とされ、幼な子は塔より投げ落とされて殺害されるーー。戦争による悲劇、過酷な運命の物語。口承で伝わったホメ―ロスによる叙事詩文学の最古にして最高の作品。3千年の時空を超えて、いま都大路の祭礼に蘇ったのである(つづく)

美術評論家/美術ソムリエ 岩佐倫太郎

 

◆読者の皆様へ◆もうお気づきの方がいらっしゃるかもしれませんが、わが「岩佐倫太郎ニューズレター」は先号で通算200回を突破しました。ちょっと感慨深いです。きっかけは10年前のある日、渋谷で僕の好きな建築家フランク・ゲーリーの記録映画を見て感激し、友人たちにレポートを送りつけたのが始まりでした。それがいつの間にか展覧会の案内と美術批評のメルマガのシリーズとなり、それを見た出版社の役員の方が出版を勧めて下さり、ついに美術に関する本を出すに至りました。そうすると今度は本の反響があって、あちらこちらで講演依頼があるようになり、かくして本人も思わなかった形で美術評論家が誕生した訳です。僕自身はメルマガを書くことで、計り知れない恩恵を受けています。アンテナが高くなり、文章力はおのずと鍛えられ、多くの未知の方々とも知り合うことができました。人生いろいろやってきましたが、もうあとは美術一本で行くのみです。これからもご愛読いただければ幸いです。