恩田陸 「蜜蜂と遠雷」を読む (2016年FBのNOTEに投稿)

【音楽NOTE】特急を高松で「いしづち」から「うずしお」に乗り換え、徳島に住む母のところに向かう。ローカル線の旅。缶ビール片手に小説を読んでいると、50年も前の学生だった時代の気分がよみがえる。 今回の旅の友にした小説は、「蜜蜂と遠雷」。恩田陸(りく)と言う女流作家の、クラシックのコンクールを舞台にした青春群像物語だ。今年の直木賞作品。実際には世界的にも評価される浜松ピアノ・コンクールに取材していると思われる。

 

本は人気が高いらしく図書館で借りようとしたら50人待ちですと言われた。それでやむなく買ったのではあるが、普段読まない小説を僕が読む気になったのも、今年宝塚市の「ベガ音楽コンクール」の市民審査員をやったのがきっかけ。才能を発見したり、プロの音楽家と僕らの鑑賞者がどれくらい評価が違うものなのか同じものなのかなど比べてみるのがめっぽう面白く、以来すっかり音楽コンクールにはまってしまった。それで辻井伸行が優勝した2009年のクライバーンやショパンコンクール(5年ごと)の様子などyoutubeでサーフィンしながらこのところ聞きまくり、なおかつコンクール審査員のブログやインタビューも読み始めた。ネット時代はこんなとき便利である。

 

一体どんな原理と手法でコンテスタントたちがふるいにかけられ、選ばれていくのか。この儀式の特殊性はどの辺にあるのか。恩田の小説はその辺を多角的に、時間のスリリングな経過の中で、全貌をベールをはぐように明らかにしていく。4人の若いコンテススタントが主人公。フランスに住む日本人の養蜂家の息子や復活をかける天才ピアノ少女など、いずれも個性的なバックグラウンドの4人が、1次から3次予選を勝ち上がるプロセスを、音楽家の内面の葛藤や審査員の感想を挿入しながらドキュメンタリー番組のように描き出す。

 

予想した通り、やはり小説と言う形式で情報を提供されると実に立体的な納得性をもって、コンクールの性格や作曲家と演奏家の関係性や、グランプリを得るための戦略性などが分かってくる。ほんとうに読み応えのある小説だ。作者は10年以上取材をして雑誌に書き継いできたようなのだが、最初に比べて音楽への理解がどんどん深まり、筆力が別人のごとく深くなり、余人の追従許さぬ境地まで到達して、音楽とは何か音楽家とはどんな存在なのか、良く語り得ていると思う。

 

ところで最後に貼り付けたリンクの「蜜蜂と遠雷」は、恩田陸が監修し出版もとの幻冬舎youtubeによるプロモーションを行っているもの。4人コンテスタントたちが予選ごとに弾いたピアノ曲が、(小説的な創造である課題曲「春と修羅」を除いて)逐次時間の時系列で網羅されている。僕は家に帰ってまだ小説を読み継ぎながら、同時にこれらのyoutubeで音楽を追体験するという新しい本の楽しみ方を覚えた。オムニチャネルの新しい創作小説の形式ともいえる。

 

恩田の小説は初めてだったが、最初青春ライトノベルみたいに感じていたのが、ビルドゥングス・ロマン(成長小説)の伝統も内蔵しながら、次第に音楽への造詣と切り込みの深さで読者をうならせ、ページをめくるのがもどかしいくらいの牽引力で結末に向けて我々を引っ張っていく。 読み終わって、ああこの人の東北人としての自然宇宙との交感や古層に属する物語を今なお色濃く保って持っていて、それが音楽を通じて流れ出し、バルトークシベリウスなどヨーロッパの森の人たちとよく交響しあうのだと思った。恩田は自然神の降霊を語る現代のイタコかもしれないな。 https://www.youtube.com/watch?v=NG0hBdFMh-E