【メトロポリタン美術館展② カラヴァッジオ 《音楽家たち》】

メトロポリタン美術館展② カラヴァッジオ 《音楽家たち》】

 

講演などのあとでよく、「ルネサンスバロックはどちらが古いんですか?」と質問を受けることがあります。知っている人には当たり前すぎることかも知れないですが、ルネサンスが先でそれにバロックが続く、と解っておくと、美術の鑑賞がラクになり絵に集中することができます。ルネサンスは15、6世紀、バロックは17世紀の美術です。

 

カラヴァッジオ(本名ミケランジェロ・メリージ 1571-1610)は、そのバロックの歴史の先駆者ともいえます。カラヴァッジオが活躍した1600年前後、プロテスタントによる宗教改革の広がりに対して、ローマのカトリック側では危機感を募らせ内部改革に着手し、アジアや南米など海外布教に努めるほか、国内の大衆を教化し信者を獲得する目的で絵画を使うようになります。そのとき聖書の奇蹟的なエピソードをもっとも劇的にインパクトを持って描ける才能が、カラヴァッジオだったのです。

 

また歴史の巡り合わせも味方して、1600年、ローマ教会の百年に一度の「大聖年」が訪れます。ローマの大寺院などは大規模な改修や増築工事を行い、信者を受け入れる準備をするわけです。カラヴァッジオはこの時「聖マタイの召命」など、みごとな祭壇画を描いて一躍スターになります。

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そのカラヴァッジオが開発した画法は、「キアロスクーロ」(明暗画法)と言って、薄暗い礼拝堂の中で聖書のエピソードの人物を立体画像のように浮き立たせ、ろうそくや陽の陰りなどの揺らぎでアニメのように動き出さんばかりにイリュージョンを起こさせる、陰影に富んだ力強い手法でした。今回ニューヨークからやってきたカラヴァッジオの《音楽家たち》は風俗画ではありますが、若くしてすでに、舞台照明を当てたような省略と強調の効いたキアロスクーロの画法が芽生えているのが窺えます。場所はローマのデル・モンテ枢機卿法皇を補佐する重臣)の館。卿に認められ食客となったカラヴァッジオが、そこに出入りする演奏家の若者たちの姿を描いたものです。ギリシャの古代めいた服装ですが、半裸の若者たちは、カラヴァッジオの男色趣味を反映しています。彼は頬がぽっちゃりした若い男が好みだったようで、どんな絵も中心人物はそういった容姿の青年です。

 

自分の絵にサインをしたのはたった1点しかなかったカラヴァッジオですが、この絵の中に自身を描きこんでいます。右から2番目の少し年嵩な印象の男で、黒いコルネット(角笛)を持っていて、それが画面の右端に覗いています。また、左端の青年が、イカロスのように翼を持っているのにも注目です。

 

ところでこの絵は、不要なところを省略し、重要な部分を際立たせ、画家の主観で加工して、目に見える世界を自由に作り変えています。実はこの精神というか作家性が同じバロックのヴェラスケスやレンブラントフェルメール貫流し、さらにのちの印象派以降の絵画につながります。それゆえカラヴァッジオを近代絵画の源流と見ることもできるでしょう。

 

■開催概要 https://met.exhn.jp/outline/

岩佐倫太郎 美術評論家/美術ソムリエ