佐渡オペラ プッチーニの「ラ・ボエーム」① 日本の歌手たちが素晴らしい

①  日本の歌手たちが素晴らしい

 

兵庫県立芸術文化センター佐渡裕芸術監督がプロデュースするオペラ・シリーズを長年続け、近年でも、「メリー・ウィドウ」(レハール)、「椿姫」(ヴェルディ)、「フィガロの結婚」(モーツアルト)など心に残るプロダクションを連発してきました。

 

今年は、待望のプッチーニの「ラ・ボエーム」。実はこの公演は2年前に予定されていたのがコロナで延期となっていたものです。プログラムに佐渡エストロが寄せた一文によると、奇跡のように2年前と全く同じキャストが再び集まり、公演が実現したそうです。僕も気合を入れて日本勢と海外勢のダブル・キャストの双方の公演のチケットも手に入れ、同一公演に2度通いました。これはなかなか面白い経験で、2回目で余裕ができるといろんな発見も多く、味わいと理解が急速に深まります。もちろんダブル・キャストの歌手を聞き比べるのも、楽しみの一つです。



「オペラはやはり本場の人がいいでしょう?」みたいなことを言われることもありますが、どうして、この近年の日本のオペラ歌手たちの実力向上は目覚ましく、海外勢と比べても全く遜色がないと聞いていて思います。

 

ところで、「ラ・ボエーム」は、ボヘミアン、つまり自由な生活をする芸術家たち、といった意味で、パリが舞台です。芸術で身を立てることを目指す若者たちの青春の哀感と恋模様をプッチーニは限りない共感をもって描いています。ヒロインは貧しいお針子の娘「ミミ」。クリスマス・イブの夜に、ランタンの火を借りに行って詩人志望のロドルフォと知り合ったのが恋物語の始まり。恋はミミの病死で終わるというメロドラマですが、プッチーニの初々しい資質を示す初期の代表作です。この4年後にはプッチーニは、珠玉のアリアを惜しげもなく散りばめた畢竟の名作「トスカ」で、メロディ・ライターとしての才能を爆発させ、さらに4年後(1904)、臈たけた作曲術で、有名な「蝶々夫人」を発表します。

ラ・ボエーム」に話を戻すと、ミミはこの日は、砂川涼子。僕がナマで聞きたかったソプラノで、この日のお目当てでした。第1幕で歌われる名曲のアリア「私の名はミミ」でも、さすがに期待にたがわない精妙なる美声。「ブラボー」と叫ぶことはこの時期ご法度ですが、気品のこもる声質が、肺病で死ぬお針子のミミへの哀感を際立たせていました。そして僕が何より驚いたのはロドルフォ役のテノールの笛田博昭。何度かTVなどで聞いてはいたが、こんなに上手な人だったのか!と、不意打ちを食らった気分でした。この2年で長足の進歩を遂げたのか、それとも僕がそれと気づかなかったのか。ともかく、客席ほぼ中央にいた僕の鼓膜を破らんばかりに、音量あるテノールの声が届く。しかもその声質は、決して割れることのないシルキーなベルベット・ボイス。これなら世界を渡っていけるだろうと、今後の大活躍を確信した次第。

 

今回は舞台美術も凄かったんですが、長くなっているのでまた改めて書きます(つづく)。