佐渡オペラ プッチーニの「ラ・ボエーム」➂こんな凄い美術・演出家は誰? 

➂こんな凄い美術・演出家は誰? 

 

今回の「ラ・ボエーム」の美術家は、背景には印象派の名画のようなホリゾントを配して奥行きを深く、オペラの世界観を見事にキメています。これはもしかして引用した「元絵」があるのではないか。そう推理して僕は模型の背景画から、イメージのもとになったと思われる絵を、探し当てました。ヨンキントという画家の《パリ、セーヌ河とノートルダム》。印象派のモネの師匠です。模型の絵と見比べてみてください。

 

 

さて名画を巧みに借用し、舞台を船に移し、絵画と彫刻がひとつの美術作品のような舞台を作った演出家は、いったい誰なのか。僕はそのひとの名を知りませんでしたが、イタリア人のダンテ・フェレッティ(1943~)です。公演プログラムに、フェレッティは映画監督のフェリーニのもとで多くの美術を手掛けたと、アニメ映画の傑作「イノセンス」(押井守監督)の美術でも知られる種田陽平さん書かれていました。驚いたことに僕が若いころ夢中になった、古代ローマが舞台の映画「サテリコン」も、フェレッティの美術だったんだとか!それを知って、50年前に見た「サテリコン」と、今の「ラ・ボエーム」の舞台が、僕の中に感電したように一気につながりました。「サテリコン」は動画の中に、耽美と退廃美が静止した名画のように埋め込まれた幻想的な映画でしたが、同じ人が今回のオペラの美術も手掛けていたという訳です。

 

また種田さんによると、フェレッティの舞台美術の作り方は、大きなカンバスに原画を描きながら進める独特のものだとか。これも我が意を得た思い。リアルなパーツの寄せ集めただけでは不十分で、感動は1枚の絵のような詩的なヴィジョンがあって初めて生まれるということでしょう。

 

ところで最近のオペラでは、いわゆる「読み替え」が流行で、モーツアルト劇を現代のニューヨークに置き換えるなどの試みがなされます。ただ、どうも破綻していると思うことが多いですね。演出家の自意識なのか、評論家やメディアの評価を気にし過ぎなのか。僕はオペラを歌舞伎のように時代劇として見たいと思っています。

 

その点、フェレッティの演出はオーソドックスで、伝統の縛りの中に身を置きつつ、伝統を突破しています。時代設定を1930年代にズラしたのも、巧みです。というのは、モンマルトルには先に書いたようにピカソらが共同生活する「洗濯船」があり、またセーヌ左岸にはシャガールらエコール・ド・パリの絵描きたちの「ハチの巣」と呼ばれる集合住宅もあって、後年ビッグネームになる貧しい芸術家たちが青春を送った、美術史では伝説的な時代でした。この辺を知って重ね合わせると、「ラ・ボエーム」の実感も深くなりますね。

最後に付け加えると、第2幕のカフェの賑わいや3幕の雪の街角の場面も、フェレッティの演出は卓抜な絵画のように美しく、機知があって、いつまでも記憶にとどめたいものでした(プッチーニ 「ラ・ボエーム」の項、完)。

 

岩佐倫太郎 美術評論家/美術ソムリエ

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