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ギリシャ美って結局、ミロのヴィーナスのことでしょ、と言うのは間違いではないが、源流はこれ?

 

■特別展【古代ギリシャー時空を超えた旅ー】(神戸市立博物館) その② ■

 

我々はいまだにギリシャの美意識に支配されている。たとえば、8頭身美人。こんなプロポーショ

ンの規範もギリシャ人が作ったものだ。おかげで東洋の我々はいささか迷惑しているのだけれど。

でも誰も例えば天平時代の中国型のぽっちゃり美人が世界に通ずる美のスタンダードだとは、言

ってくれない。それどころか、世界の大勢は、やや男性ホルモンが多いマニッシュで筋肉質な女

性像になびいているし、ハリウッドが生み出すスター像だって、そうだ。

そのせいか、《ミロのヴィーナス》や《サモトラケの二ケ》などギリシャ発の彫像が、美の女王として

ずっと玉座に君臨してきたのではある。彼女たちが作られたのは何と紀元前2世紀、3世紀。ヘレ

ニズムと言うギリシャの美意識が到達した、最後でかつ最も成熟した美意識の時代の産物だ。

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《スぺドス型女性像》前2800年~2300年 キュクラ

デス博物館蔵©Nicholas and Dolly Goulandris Foundation-Museum of Cycladic Art, Athens, Greece

 

ところで一体ミロのヴィーナスが生まれる以前、その遥か昔はギリシャ人はどんな美意識を持っ

てていたのか。その答えは、写真の《スペドスの女性像》を見るとわかる。画像を見て、あっけに

とられた人もいたのではないか。と言うのは、今から言うともう5千年近く前のものなのに、何だ

かモダンではないか!間違うとジャコメッティやアルプなどの現代彫刻と思ってしまうかもねえ。

ところがよく見て頂くと股間には、明確に女陰が刻まれている。それで我々も、ああそうかこれは

世界に広く存在する古代の地母神崇拝の偶像か、と理解する。地母神崇拝とは、女性の子供を

産む力と大地の生産力を重ね合わせ、自然の生命力を讃える信仰である。この彫像は、高さが

約74センチ、キュクラデス群島と言うギリシャエーゲ海の南西部、クレタ島の北側に点在する

島で発見された1点。

さて、僕が惹かれるのは、《スペドスの女性像》がオリエントなど他の地域に出土する地母

神礼賛の素朴でプリミティブな土偶的なデザインとは、明らかにかけ離れた造形への意思を持っ

ているように見受けられる点だ。モダンデザインを超えて、ポストモダンともいうべき簡潔な省略や

モデリング志向を感じる。何かイデアと言うものを表現しようという意思を孕んでいるように僕には

思えるのだ。

この造形性が、《ミロのヴィーナス》につながった、などとの暴論は控えておこう。たとえ《ミロのヴィ

ーナス》が発見されたメロス(ミロ)島が、この像と同じキュクラデス群島の島であるとしても。両者

には2500年の時間の隔たりがあるし、空間把握は平板で3Dの表現にも当然まだ至っていない。

人種もたぶん、変遷して入れ替わったとみる方が普通だろう。それにもかかわらず、《ミロのヴィー

ナス》にちょっといやらしいくらい見て取れる、架空の理想像を求めてやまないモデリング欲求が、

もうすでに潜んでいると思わないだろうか。もしそうなら両者は時を超え人種を超え、文化のDNA

として連綿と流れ続け、呼び交わしあっていると言うことになる。う~む、どうだろう、妄想かな。

 

■展覧会の会期は、2017年4月2日(日)まで、神戸市立博物館にて。

                      

美術評論家 美術ソムリエ 岩佐倫太郎

今も美の世界ではギリシャ美が不動の基準だ。一体それはどのように生まれ、なぜそうなったのか。

特別展【古代ギリシャー時空を超えた旅ー】(神戸市立博物館)にちなんで

 

 

現在のギリシャ政府は財政破綻の危機に瀕し、債務の減免を求めざるを得ない誠にはかばかしくない経済状況ではある。しかしながら、美の世界においては、ギリシャは世界を制覇し、2500 年に及ぶ長い歴史の中で、文字通り人類の美意識のスタンダードであることを誇ってきた。いわば不動不滅の4番打者なのである。

 

ギリシャは今日の美の源流であり、ビザンチン美術もルネサンスも、そして近代絵画に至るまで、ずっとギリシャは美の基軸であり続けた。まあ、ギリシャを理解しないことには美術の話は始まらないのであるが、尊敬されて止まないギリシャ美の規範は、一体いつどのようにして生まれたのか?

まさか生まれた時からこうでした、という訳ではあるまい。美の様式や規範の成立には、それなりのプロセスや発展段階が生命体のようにあって、それを経て今日につながったになった違いない。

                            

また、ギリシャ美の絶対的な規範が生まれたとして、どうしてそれが世界に広がり皆が受け入れ、今日まで高い評価を与えて来たのか。その理由は何だったのか。などと、ギリシャについては色んなことを考えさせられる。

                            

いま神戸市立博物館で開催中の特別展【古代ギリシャー時空を超えた旅ー】は、そんなわけで僕にとって格好の考察の現場である。この展覧会、去年夏には上野の東京国立博物館で開催されたので、そちらで既にご覧になった方もあるかと。じつは僕もわざわざ見に出かけた一人であるが。

いずれにしても、ギリシャ美の歴史を考古学にまでさかのぼって解き明そうという野心的かつ周到な美術展となっている。物量的にもかなりなモノだろう。

                            

さて神戸の元町に近い市立博物館。石造りの洋館に入って、最初に観覧者が目にするのは

この《アルテミス像》だ。紀元前100年頃、とあるから、美術史的にはギリシャ美が最も成熟

したヘレニズム期の作品と言うことになる。大理石で、高さは140センチの彫刻――。

 

f:id:iwasarintaro:20170118193311j:plain《アルテミス像》前100年ごろ アテネ国立考古学博物館©The Hellenic Ministry of Culture And Sports-Archaeological Receipts Fund

アルテミスと言えば、ギリシャ神話での狩りと月の女神だが、この作品は髪型も姿態も処女的

なまでに初々しい。完全な3D感覚も含め、今の時代の者が見て何ら違和感を感じさせない。

僕には薬師寺の日光月光菩薩を思わせる衣文の格調と流麗。また脚を見れば動態を秘め

たストップモーションの凝縮感も見どころ。まだ7頭身以下だし、腰のひねりなども、同じヘ

レニズムの時代の、あまりに有名なルーブル《ミロのヴィーナス》や《サモトラケの二ケ》などの﨟(ろう)たけた表現には至っていないけれど。ギリシャ美が「コントラポスト」と言われる体の肉感的なひねりを持って、左右の足の体重を掛け違える手法を発明するまでもう一歩のところまで来ているではないか!まだ謹直だったころのギリシャの美の規範が、官能的なまでの成熟美に至るちょうど間にある作品。実に珍重すべき出展品と思える。さて回はこれよりも古い起源の、ミロのヴィーナスなどを生むまだまだ以前の、古代ギリシャの彫刻をさかのぼってご紹介する(つづく)。

 

 

ジャポニスムとは何か、どのように始まったのか、浮世絵はどう影響したのか、最終回。4-4

ではマネが多大な影響を受けるほどに、直接、大量に春画を見ていたのか。本人がそのようなメモや日記を残したわけでも

ないし、彼の死後、遺品から大量の春画が見つかったというような記録もありません。しかし、ブラックモンに教えられた北斎

漫画をきっかけに、マネだけでなく、モネ、ドガらパリの若い画家たちがこぞって、浮世絵に急速に接近し、コレクションを始め

たのは紛れもない事実です。集めた絵の中には当然、春画がないわけがありません。5分の一は春画なんですから、画商も

当然抱き合わせで売ったに違いない。買う方も、エロビデオを下の方に隠して何本か借りる今日の若者と変わりません()

                                        ●

ここからは学者でなく小説家的な想像ですが、モネの中でジャポニスムが、アーティストとしての根本的な部分を刺激した。つ

まり本物のアーティストは、歴史を否定し打ち壊し、自分ならではの独自の表現を見つけないことには気が済まない人種です。

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ジャポニスムの始まり。版画家ブラックモンが《北斎漫画》をヒントに、食器をデザイン。

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マネ《エミール・ゾラの肖像》

 

マネのこのような方向性をいち早く認め擁護の論陣を張ったのが、小説家で評論家のエミール・ゾラです。この絵はその感謝

の気持ちでマネが贈った肖像画ですが、背景に日本の浮世絵やマネ自身のオランピアなど描かれて、洋の東西がぶつかり

合い、摂取しあって、新しい文化の流れができたことを示す、凄い証拠品のような絵です。写実派のクールベもやはり春画

い影響を受けて、例によって、負けるものかと《世界の起源》と題する作品を残しています。真面目だけどあまりにモロなリアリ

ズムって表現に面白みがなく、惜しいかな退屈だなと思ってしまいますね。

 ●

僕の考えでは、西洋の美術史は意外と簡単で骨太く、大事件は2つだけです。ひとつはルネサンスの誕生です。ビザンチン

キリスト教美術を打ち破り、ギリシャ古代ローマの人間味に溢れた肉体的表現が復活します。もう一つの山は、今回の

浮世絵の影響を受けて生まれた印象派です。

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僕は中でも春画の影響が大きかったと主張しています。まあ、美術と言うもの

は、他の文明と交わることによって初めて、新しい子供を産んでいく、異種交配が宿命づけられているのかと思います。                                     

 

 

それをわかりやすく表すと、このような山脈の図でもって理解して頂くことができます。あるのはたった2つのピークです。偉

大なる最初のピーク、頂きは先ほども言ったように15世紀のルネサンスです。その前のデカン高原のようなのは何かとい

うと、千年続いたビザンチンです。ビザンチンはイエスなど聖人のイコン、つまりアイコンばかり描いていた時代ですね。、神

の子をいじっちゃならない、ポーズを取らせたりするのは恐れ多い、不敬である、ということになっていました。じつに千年続

いたんです。それがルネサンスになると、キリスト教文化や教会権威からの人間の解放を目指そうとします。その時、力にな

ったのが、ギリシャ及び古代ローマの美の様式です。こちらは宗教的にもキリスト教と違って、一神教ではありませんでして、

多神教です。ギリシャを再発見することで、教会に抑圧されていたルネサンスの人々は自由になることができた。その結果、

ようやくビザンチン様式の古い衣を脱ぎ捨て、新しいよりヒューマンな人間中心の表現様式を獲得して行った訳です。

                                        ●                                      

2番目のピークはその約400年後にやってきます。ルネサンスで神からテイクオフしたとはいえ、厳然としたキリスト教倫理

の縛りの中で、まだまだ不自由だった美術表現。それが今までご説明したように春画を含む浮世絵と出会うことで、印象派

が生まれ、ルネサンスで新しくなったはずの西洋絵画はまた古い殻を破り捨てた。マネがその最初の画家でしたね。

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ゴッホ 《ダンギ―爺さん》 マティス 《帽子の女》 

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クリムト 《接吻》  みな浮世絵の申し子である

 そこからモネ、ドガなど印象派が生まれ、ポスト印象派ナビ派クリムトピカソと言うように、西洋美術の新しい潮流が流

れ出していきます。みんな浮世絵に多大な感化を受けた画家たちです。もう一度この図を覚えて、頭にしまい込んでおいて

欲しいのですが、西洋美術のピーク、二大巨峰は、ルネサンス印象派です。その印象派について、ド・ゴール時代のフラン

スの文化相、アンドレ・マルローは次のように述べています。――「印象派が浮世絵を発見したのではない。そうでなく、若

い画家たちが浮世絵に出会って、印象派が生まれたのだ」。この点を忘れないようにしてくださいね。

それでは今日のお話の最後、第4章、森さんによる印象派以降の西洋絵画の流れを、僕も一緒になって聞かせてもらいた

いと思います(岩佐の講演記録、完)

 

ニューズレター配信 岩佐倫太郎

 

長い講演録に最後までおつきあい頂き、ありがとうございました。さて、明日から北イタリアの美術旅行に出かけます。

ビザンチンのイコンのモザイク画、初期ルネサンスのフレスコ画、好きなヴェネツィア派絵画など見て歩く予定です。

 

 

 

ジャポニスムとは何か、どのように始まったのか、浮世絵はどう影響したのか、講演録。4-3

さあ、それでは今日僕が一番話したかった、話の肝に移ります。それは春画であります。春画は浮世絵の一部で、春画を描

かない絵師はいません。わずかに写楽の春画が見つかっていないくらいです。卓抜な風景画家の広重だって描いています。

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歌麿 線描のうまさにも注目    

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 北斎《蛸と海女》この絵は早い時期にヨーロッパに渡っている 

 

まあ当時、浮世絵の絵師が、春画を描くのは当然だったんです。全部の浮世絵の約5分の1が、春画だと言われています。

今日僕はここで、「春画こそが印象派を生んだ」という大胆極まりない説を公開致します。僕はルネサンスボッティチェルリ

の《ヴィーナスの誕生》いらいの西洋絵画のヌードをずっと調べていて、ヌード画こそが絵画の本質だと思うようになりました。

一番難しく一番きわどいジャンルなんです。画家の思想と技がモロに現れるのがヌードです。間違うとキリスト教会の倫理に

も抵触し、画家としての生命を絶たれます。それ故、長らく西洋画のヌードは、羽の生えた天使がまわりに飛んでいるような、

女神像として描かれました。それなら許された。逆に、神様のヌード以外は認められなかったわけです。

                                      ●

ところがヌード画にとんでもない事件が起こる。神様ではない人間のヌードが登場するんです。作者はマネです。マネは何故、

突然変異のように、400年以上守られて来たタブーを大胆に破って人間のヌードを描くに至ったのか。その変化がぼくには

とても不思議で、なおかつ理解不能なんです。あまりにドラスティックすぎる。

 

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ボッティチェルリ 《ヴィーナスの誕生》 1483年            

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ティチアーノ 《ウルビーノのヴィーナス》 1538

もう一度《ヴィーナスの誕生》に戻りますと、これはギリシャの女神です。教会の権威から離脱したかったメディチ家など当時

の新興の富裕階級は、理想の神々をキリスト教ではなく、ギリシャ神話に求めました。その考えを代表しているのでこの絵は

素晴らしいんです。もちろんボッティチェルリのタッチが斬新でファッショナブルで時代の先を言っていたこともありますが。

次の世紀に入っても、ティチアーノの時代でもやはりヌードは女神でなくてはなりませんでした。おまけに、入浴の後で下女が

タンスからお召し物をいまお持ちしようと探してますよ・・なんていうエクスキューズまでつけています。そこから時代が下って、

高校の教科書で有名なアングルなんかも、ギリシャ彫刻を絵にして、目玉を本物の人間のようにしただけの気持ち悪い絵を

描いてます。恥毛もないでしょう。ギリシャ彫刻では恥毛は表現しないことになっているので、それに倣っているのです。でも

こんなのが当時つまり19世紀のアカデミズムの代表なんです。美術学校に行くとこういう画法を教えられる。

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カバネル 《ヴィーナスの誕生》 1863年      

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マネ 《オランピア》 1863年    

 

このカバネルの天使が飛び回る《ヴィーナスの誕生》。1863年のものです。ルネサンスいらいの、ヌードの掟を守った画法です。

この絵はナポレオン3世の買い上げの栄誉に浴します。ところがそれと同じ年に、マネはこんな絵を描いてるんです。どっちが

うまいですか?普通ならカバネルでしょう?それに引き換え、マネのこのヌードの女性、女神さまではないことは分かりますが、

それにしても何だかチンチクリンですね。扁平だし。それに奥行き感、立体感もないですね。今から150年前、この絵の新しさ

を見抜くのは大変な才能を要したと思います。

                                        ●

でもこの絵が、僕の言葉で言えば、ルネサンスの首を切り落とし、近代を開いた絵なんです。ついでに言うとこのモデルの女性

は、娼婦とされています。美しい女神様ならヌードでもいい、でもこれは人間のしかも娼婦。いままでのキリスト教文化、表向き

の建前では絶対にありえなかった絵画が飛び出してしまったんです。「狼藉者め!」体制側の人間はあからさまな挑発に憤っ

て、これを排除にかかります。性倫理の厳しい社会の中で、人目を盗んでひそかに娼婦のもとに通っていた男などは、自分の

日頃の行状をバラされた気がしたかもしれません。それで逆上して、わざと大声で蔑みの笑いをもって対応した。人間って真実

を突かれると逆上するものですね()。むろんその辺はマネの方も確信犯です。前作の、皆さんもよくご存じの《草上の昼食》も

含めて、戦略的に体制に思い切り楯ついています。まだこの絵のモデルが豊満な美人で、もし奥行き感たっぷりに描かれてい

たら、また別の反応があったかもしれませんけどね。ところが、この絵にはルネサンスいらい、西洋絵画が大事にしてきた奥行

はないし、モデルの体も扁平で、影もなく、殴り描きのような筆遣い。色もまた、伝統的な滑らかなグラデーションなどほど遠い

版画的な画面分割。身もフタもない、言い逃れをはじめから拒否した挑発的な絵です。

                                        ●

そしてここがポイントなんですが、結局この絵の性的に放縦なところも、立体感の無い平面的なところも、色の滑らかでないとこ

ろも、これってみな浮世絵の、それも春画そのものではないでしょうか。モネの《オランピア》は、油絵の具によって描かれた、春

画である、ともいえると思います。春画こそがマネに倫理的な性の解放を仕掛け、遠近法の否定や享楽的な色彩術を教えた張

本人。そう理解する方が、マネのヌード画の、とんでもない跳躍の高さを納得できるのではないでしょうか。少なくとも僕はそうで

す(つづく)。

 

ニューズレター配信  岩佐倫太郎  美術評論家

 

ジャポニスムとは何か、どのように始まったのか、浮世絵はどう影響したのか、講演録。4-2

 

いま、森先生から、ヨーロッパが受け止めたジャポニスムの衝撃と言うものをご説明頂きました。それでは文人も画家もこぞ

って、まるで流行病のようにジャポニスムの軍門に下った真の原因はなんであったか、技術と思想の面から順にご説明させ

て頂きます。

まず技術的に彼らが圧倒されたのは構図です。この画像、広重ですけど、こんな斜め上空からのアングルと言うのは西洋絵

画にはありませんでした。まるでカメラを搭載したドローンで見たような景色。しかも、北斎の「神奈川沖」にしても、富士山と

言う大事なものが遠くにあって、まるで望遠鏡を反対に見たときのように、ちょっと気が遠くなりそうな凄い空間の広がりと奥

行きを感じます

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歌川広重 東都名所 高輪の名月

逆遠近法とも言われています。それに比べて見ますと、ルネサンスの遠近法は、実は大変生真面目なモノでしてね、平らな

カンヴァスの中に人物なりが彫刻のように立ち上がり、3Dとして見えないといけないものでした。ダ・ヴィンチモナリザにし

ても一生懸命そのための技法を発明して使っている。遠くのものは青くぼんやりと見えるという原理の空気遠近法とかですね。

 

そしてさらに注目して頂きたいのは、縦横の比率のデフォルメです。縦のレートを3倍ほどにしていると言われます。彼ら西洋

のリアリズムから言うと、こんなふうに縦横の比率を勝手に変えちゃ困るんです。今のコンピュータ画像の時代ならこうしたこと

が素人にも簡単にできますけれど、この時代、頭の中でまず自在に視点を変え、その上デフォルメも加えるとは何とも凄いこと

でした。

 

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葛飾北斎 神奈川沖浪裏

 

多分ヨーロッパの画家は、この一点だけでも「参った!」となったと思います。プライドの高いクールベなんかも北斎を一生懸命

真似るんです。でもやっぱりリアルなだけ。波が画題になるなんて事はこの時代とても斬新ではありますが、写実の限界があり

ます。やはりデフォルメするということに、この時はまだ思いが及ばないんですね。

さて構図の話に次いで、色遣いのことを申し上げます。豊国の遊郭の花魁図ですが、なかなか享楽的ですよねえ!エロい、色

遣いと言ってもいいと思います。さっきの森さんのゴッホの解説にもあったように、こうした色遣いを見てゴッホは弾ける訳です。

一皮もふた皮もむける。暗いオランダから出て来て、自分の中のリミッターみたいなものをブチ切って脱皮して、色爛漫な新しい

ゴッホに生まれ変わる。天才ゴッホも浮世絵無くしては誕生しなかったんです。

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(上)三代豊国(国貞) 美人 牡丹                     (下)三代国貞 花川戸助六 市川団十郎

 

次の3代目国貞かな、この役者絵のグラフィックな色使いも凄いでしょう?モダンで、現代のグラフィックアート、例えば田中一

光を見ているような気もしますね。もう、影などなくても、輪郭線や色遣いで我々は十分に頭の中にリアル極まりない世界を再生

することができるんだ、そういうことをヨーロッパは学んだわけです。

浮世絵の技法の優れたところは、構図、線描、色遣いです。これはどの学者も異論のないところだと思います。皆さまもそう理解

して頂いて全く間違いはない。しかし僕が思いますに、実はその技の奥にあるものこそが、当時のヨーロッパの人間を圧倒したの

ではないか。

それは何かというと、日本人の思想であり人生観なんです。生活レベルの高さ、と言っていいかもしれません。日本人の生活を

エンジョイするエネルギーや、花鳥風月の自然を友とし、四季を愛でるライフスタイル、それに平等で自由で平和に見える社会の

ありよう・・。逆にパリなんかはフランス革命の後、内戦も含めて戦争に明け暮れていた。それが、こうした浮世絵の世界を知ると、

パリの画家たちも西洋の人たちのキリスト教倫理に縛られた息苦しい階級社会に、希望を見出し、理想境として憧れたんではな

いか。命を取ったり取られたりギロチンにあったなどと言う物騒なこともなさそうだし、人々はのどかに旅を楽しんでいる、おまけに

政府公認の遊郭まであるらしいね!とまあ、そんな情報が浮世絵を通じて流れ込んできて、そんな楽園があったのかと驚愕した

わけですね(つづく)。

 

ニューズレター配信 岩佐倫太郎  美術評論家

ジャポニスムとは何か、どのように始まったのか、浮世絵はどう影響したのか、講演録。

(2016年9月1日 梅田グランフロントのナレッジサロンで会員に講演4-①)

 

皆さんこんばんは。美術評論家の岩佐倫太郎です。今日は遅い時間帯にお集まりいただき誠にありがとうございます。

僕はこのナレッジサロンで美術のことをしゃべらせていただくのは3回目ですけど、先ほども司会の方からご紹介が

あったように、今回は僕がかねて尊敬するベルギー在住の人気美術史家の森耕治先生をお招きして、リレー形式で

話を進めさせていただきます。

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ゴッホによる広重の模写。謎の漢字で額縁を描いています。こちらはホンモノ広重、雨雲の黒いぼかしもカッコイイ。

 

 

テーマは「ジャポニスム」です。なぜジャポニスムか?と言いますと、たぶん今日お集りの皆さんは現役かもうご卒業さ

れたかは別に、もともとビジネスの世界でいい仕事をされていて、その上に文化的な余裕で、今日こうして、絵の話も

聞いてみようかと言う方が多いのではないかと思います。年に何度かは美術展に行くよ!と言う方がほとんどじゃない

でしょうか。

 

そういう方々が、今後の人生の楽しみとして、あるいはビジネスでのご自身の創造的なヒントを得るために、

絵の見方を学んでいかれたいのなら、一体どんなジャンルから入るのがいいのか?琳派でもバロックでもよろしいの

ですが、今日の講演会のご依頼をいただいたときに、僕と森さんが話し合って出したテーマは、文句なく一致しまして、

それがジャポニスムだったんです。ちなみにジャポニズム、と濁ってもいいんですけど、それは英語式の発音でして、

フランス語の場合はジャポニスム、と濁りません。まあ、皆さんもフランス式の発音に慣れておきましょうか。

 

それで今日はジャポニスムで話を進めてまいります。

 

ジャポニスムを何にもまして真っ先に選んで取り上げた理由は、日本の浮世絵とヨーロッパの印象派をブリッジする話

だからでして、ここを押さえておくと、西洋美術にも日本の美術にも両方睨みが効いて非常に視界を一挙に広く持つこと

ができます。

 

皆さんも海外の人と仕事をしたりするときに、やっぱり夜の食事も一緒にと言うことがあるでしょう?そんな時、いつまで

も金儲けの話をしてたんではバカにされますね。やはりそういうときは少なくとも、絵画の話や音楽の話の一つや二つ、

しゃべって、自らの文化的なアイデンティティと言うものを示さなければならない。それが実際の名刺みたいなもんです。

日本人なら、美術の基礎教養と言うか、基本の「キ」としては、ジャポニスムをまずマスターして頂きたい、そう思うわけ

です。すでに詳しい方もおられるでしょうけど・・。

 

それで今日の趣向としましては、浮世絵や春画、日本の画商の動向など主に日本側の話を僕の方から。そしてヨーロ

ッパ特にフランスではどう受け止められたか、その影響は西洋美術史にどんな多大な影響を与えたか、という向こう側

の事情を、現地にお住いの森さんから話していただき、リレーで交代でそうですね、今から約780分でひとまとまりの

内容をお伝えしたいと思います。非常にコンパクトに、しかも重要なポイントは漏らすことなく、大胆な仮説もご披露して

進めて参ります。

                        ●

はい!それではいよいよジャポニスムの話です。お待たせしました!ジャポニスム19世紀後半のヨーロッパ、特に

パリやロンドンで発生した美術史上の大事件です。日本での出来事ではないので、誤解しないようにお願いします。

森さんもおっしゃってることですが、ジャポニスムを単に日本趣味と短絡して覚えてしまう人もいますけど、それは大間

違い。事件のきっかけはもちろん日本なんですけどね。もっと深いんです。

 

みなさんもよく歴史で習ったと思うんですが、ペリーが黒船でやってきて、江戸幕府が開国を迫られ、19世紀の半ば、

正確には1858年ですけど、フランス、アメリカなど5か国と修好通商条約を結んで、ここで200年以上続いた鎖国

解かれるわけです。200年以上戦争もなく平和でしたが、海外文化は入らず、勃興した庶民階級が空前の経済力を

蓄えて、まあ、独自のガラパゴスと言うか夢のような桃源郷的な文化を作り上げていた。浮世絵をはじめとする美術工

芸などの成熟度は、もうライフスタイルぐるみで、西洋よりはるかに先を行ってた。産業革命こそまだ起きていません

が、思想の上でも西洋に勝っていたんです。世界の文化・美術史の中での奇跡です。

 

こんなふうに、僕が日本は西洋よりずっと先を行ってたと言うと、今日の皆さんの中にも、「えっ!そんな事ってあるの」

と驚かれる人が多いかもしれません。日本は何でも欧米の後塵を拝して、追いつけ追い越せでやってきたと多くの人が

思っている。確かに一面では間違いではないですが、このジャポニスムのように西洋の側が猛烈に憧れマネし、取り込

もうと必死になった歴史もあるんです。どうかインテリジェントな皆さん、文化の面でも自虐史観は今直ちに解いて頂い

()、日本が西洋美術とその思想に大きな影響を与えた史実があったことを知って頂きたいと思います(つづく)。

 

ニューズレター発行  岩佐倫太郎 美術評論家

 

最後まで読んで頂いてありがとうございました。長かったですかね。ちょっと心配です。下はベルギー王立美術館の森耕治さんと講演後。

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「モネとルノワール」~印象派を10倍楽しく見る秘伝~ ■NHK文化センター特別講座予告

72日(土)にNHK文化センターの西宮ガーデンズ校で、特別講座を担当します。

1330分から3時まで。テーマは

 

「モネとルノワール」~印象派10倍楽しく見る秘伝~

 

モネの構図は浮世絵を踏襲しています。印象派の画家たちはモネもゴッホも浮世絵に熱

狂し、コレクターとなり、模写までしました。その影響は、後年、クリムトピカソにまで及び、

西洋絵画を大きく推し進める原動力になります。

                     

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またルノワールを好きだという方は多いですが、その美の核心がギリシャ美に由来しているこ

 

とを知っている方はまれです。女性美と人生の幸福を讃えるルノワールのどこがギリシャ的な

のか。ここのポイントが分かれば、ルネサンスバロックも、そして白鳳の仏像の美もわかります。

                       

と言った、僕自身の近年の発見や研究の成果を、分かりやすい、目からウロコの話をさせて

いただき、そのあとの美術館巡りを10倍楽しめる講座にしたいと思っています。ご近隣のか

た、ご参加いただけると幸いです。

 

参加のご案内(お申し込み法などNHKのホームページです)

https://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1104402.html

電話及び窓口でのお申込み

0798-69-3450 NHK文化センター 西宮ガーデンズ教室(阪急西宮ガーデンズ5階)

 

ニューズレター発行;岩佐倫太郎 美術評論家