ではマネが多大な影響を受けるほどに、直接、大量に春画を見ていたのか。本人がそのようなメモや日記を残したわけでも
ないし、彼の死後、遺品から大量の春画が見つかったというような記録もありません。しかし、ブラックモンに教えられた北斎
漫画をきっかけに、マネだけでなく、モネ、ドガらパリの若い画家たちがこぞって、浮世絵に急速に接近し、コレクションを始め
たのは紛れもない事実です。集めた絵の中には当然、春画がないわけがありません。5分の一は春画なんですから、画商も
当然抱き合わせで売ったに違いない。買う方も、エロビデオを下の方に隠して何本か借りる今日の若者と変わりません(笑)。
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ここからは学者でなく小説家的な想像ですが、モネの中でジャポニスムが、アーティストとしての根本的な部分を刺激した。つ
まり本物のアーティストは、歴史を否定し打ち壊し、自分ならではの独自の表現を見つけないことには気が済まない人種です。
ジャポニスムの始まり。版画家ブラックモンが《北斎漫画》をヒントに、食器をデザイン。
マネ《エミール・ゾラの肖像》
マネのこのような方向性をいち早く認め擁護の論陣を張ったのが、小説家で評論家のエミール・ゾラです。この絵はその感謝
の気持ちでマネが贈った肖像画ですが、背景に日本の浮世絵やマネ自身のオランピアなど描かれて、洋の東西がぶつかり
合い、摂取しあって、新しい文化の流れができたことを示す、凄い証拠品のような絵です。写実派のクールベもやはり春画に
い影響を受けて、例によって、負けるものかと《世界の起源》と題する作品を残しています。真面目だけどあまりにモロなリアリ
ズムって表現に面白みがなく、惜しいかな退屈だなと思ってしまいますね。
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僕の考えでは、西洋の美術史は意外と簡単で骨太く、大事件は2つだけです。ひとつはルネサンスの誕生です。ビザンチン
のキリスト教美術を打ち破り、ギリシャや古代ローマの人間味に溢れた肉体的表現が復活します。もう一つの山は、今回の
浮世絵の影響を受けて生まれた印象派です。
僕は中でも春画の影響が大きかったと主張しています。まあ、美術と言うもの
は、他の文明と交わることによって初めて、新しい子供を産んでいく、異種交配が宿命づけられているのかと思います。
それをわかりやすく表すと、このような山脈の図でもって理解して頂くことができます。あるのはたった2つのピークです。偉
大なる最初のピーク、頂きは先ほども言ったように15世紀のルネサンスです。その前のデカン高原のようなのは何かとい
うと、千年続いたビザンチンです。ビザンチンはイエスなど聖人のイコン、つまりアイコンばかり描いていた時代ですね。、神
の子をいじっちゃならない、ポーズを取らせたりするのは恐れ多い、不敬である、ということになっていました。じつに千年続
いたんです。それがルネサンスになると、キリスト教文化や教会権威からの人間の解放を目指そうとします。その時、力にな
ったのが、ギリシャ及び古代ローマの美の様式です。こちらは宗教的にもキリスト教と違って、一神教ではありませんでして、
多神教です。ギリシャを再発見することで、教会に抑圧されていたルネサンスの人々は自由になることができた。その結果、
ようやくビザンチン様式の古い衣を脱ぎ捨て、新しいよりヒューマンな人間中心の表現様式を獲得して行った訳です。
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2番目のピークはその約400年後にやってきます。ルネサンスで神からテイクオフしたとはいえ、厳然としたキリスト教倫理
の縛りの中で、まだまだ不自由だった美術表現。それが今までご説明したように春画を含む浮世絵と出会うことで、印象派
が生まれ、ルネサンスで新しくなったはずの西洋絵画はまた古い殻を破り捨てた。マネがその最初の画家でしたね。
クリムト 《接吻》 みな浮世絵の申し子である
そこからモネ、ドガなど印象派が生まれ、ポスト印象派、ナビ派、クリムト、ピカソと言うように、西洋美術の新しい潮流が流
れ出していきます。みんな浮世絵に多大な感化を受けた画家たちです。もう一度この図を覚えて、頭にしまい込んでおいて
欲しいのですが、西洋美術のピーク、二大巨峰は、ルネサンスと印象派です。その印象派について、ド・ゴール時代のフラン
スの文化相、アンドレ・マルローは次のように述べています。――「印象派が浮世絵を発見したのではない。そうでなく、若
い画家たちが浮世絵に出会って、印象派が生まれたのだ」。この点を忘れないようにしてくださいね。
それでは今日のお話の最後、第4章、森さんによる印象派以降の西洋絵画の流れを、僕も一緒になって聞かせてもらいた
いと思います(岩佐の講演記録、完)。
ニューズレター配信 岩佐倫太郎
◆長い講演録に最後までおつきあい頂き、ありがとうございました。さて、明日から北イタリアの美術旅行に出かけます。
ビザンチンのイコンのモザイク画、初期ルネサンスのフレスコ画、好きなヴェネツィア派絵画など見て歩く予定です。