マネの《フォーリー・ベルジェールのバー》の謎と、浮世絵が果たした役割①

コートールド美術館は、ロンドンのナショナル・ギャラリーからも近いロンドン大学の付属施設です。小ぶりではありますが、マネやセザンヌルノワールなど印象派、ポスト印象派の優品を所蔵していることで知られます。その世界巡回展が日本では東京都美に次いで、いま名古屋の愛知県立美術館で開催中。阪神方面には3月末から、神戸市立美術館にやってきます。

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 エドゥアール・マネフォリー・ベルジェールのバー》188296×130 コートールド美術館 

 

さて、今回の招来作品の中でもいちばんの人気と話題は恐らく、マネの《フォリー・ベルジェールのバー》でしょう。マネが51歳で没する1年前の作品です。ちなみに、フォリ―とはもともと「ばか騒ぎ」とか「熱狂」とかいう意味のフランス語。ここではダンスホールやキャバレーを意味します。

  

ところで、コートールド美術館を代表するこの絵は、発表当時から評論家には不可解と非難され、大きな謎を振りまいてきました。そのことはもう多くの方がご存知でしょうね。改めてその謎は何かというと、背後の鏡の中のバーメイド(女給)や山高帽の男の映りこみの角度がおかしいからです。もしマネの絵のようにバーメイドを真正面から描くなら、鏡への映り込みも真うしろに無ければならない(X線では、何回も右にズラした痕が見れます)。ところが鏡が斜めになっている訳でもないのに、彼女のうしろ姿は斜め右に映りこんでいる。物理的に整合しない訳です。

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またもし2人が絵のように映りこむなら、線画のイラストのように山高帽の男は本来なら手前に描き込まれ、なおかつ右斜めから描かれる必要があります。なのにマネの油絵は鏡と正対している。そこが評論家たちが、理解できないと非を鳴らした点です。ちなみにですがこの時代、バーメイドはまた売春婦でもありました。男はその交渉をしている訳ですね。女性のどこか虚無的な表情もそのことを反映していると見た方がいいでしょう。

 

さあ、それではなぜ、マネがこんな理屈に合わない絵を死の直前、モデルを病室にまで呼んで、必死で仕上げたのでしょうか。芸術家が死の前に生み出す傑作を「白鳥の歌」と言いますが、この絵などまさにそれ。彼の画家人生の総仕上げのサインでもあり、最大の自負を込めた遺言と言えるでしょう。

 

その自負とは、「自分こそがルネサンスの画法を毀し、新しい近代絵画の時代の幕をあけた第一人者」ということです。マネがルネサンスをどう変えたのか、どこを新しくしたのか、それは次回に書かせて頂きますが、原動力になったのは驚くなかれ、日本の浮世絵です。浮世絵にインスパイアされて、マネの一連の作品が生まれ、それが印象派の登壇につながる。次回、いかにマネが浮世絵に学び、近代画法を開発していったか、この絵がなぜ集大成になっているか、ご説明します。  

                                                                            

深く学べる“21ワンモア カフェ” の第1回は、盛況裡に終了しました。

関西・大阪21世紀協会主催 岩佐倫太郎の美術講義シリーズ 

~浮世絵から印象派佐伯祐三GUTAIまで~