ロンドン・ナショナル・ギャラリー展 ⑤モネ

印象派の巨匠、モネのこの絵が、浮世絵の影響で生まれた、と言うと驚く人もいるかもしれない■ 

 

 この10年ほど、僕は講演会やメルマガなどを通じて、「印象派は浮世絵の甚大な影響下に生まれた」、ということを熱心に語ってきました。最初の頃、講演でその話を聞いた人は、「うそ~」と言わんばかりの反応を示し、インテリぽい人の中にはあからさまな反感を示すこともありました。「日本の文化が西洋に影響を与えたなんてトンでもない!」という感情なんでしょうね。でもこれは、文化の自虐史観です(笑)。僕の美術活動もじつは、日本人が自国文化を適正に評価せずに、自負も持てないようでは世界の中でやっていけないぞ、と危機感を持ったことがモチベーションの一部になっています。

ちなみに戦後フランスで文化大臣を務めたアンドレ・マルローは、「印象派が浮世絵を発見したのでなく、浮世絵によって印象派は形成された」と評論しています。

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《睡蓮の池》 モネ1899 ロンドン・ナショナル・ギャラリー

 

つい前置きが長くなってしまいましたが、画像はモネの《睡蓮の池》。開催中の国立国際美術館での「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」でも必見の一点でしょう。もちろんこの作品は、これが浮世絵の影響で生まれたかどうかなど詮索しなくても、われわれ日本人の感性に親しく、モネの静寂の桃源に十分心を遊ばせることができます。とくに僕が皆さまにお勧めしたい印象派の絵の見方は、「遠近両用」法です。つまり近寄ったり離れたりして、見比べるやり方です。美術館の係員に注意を受けない程度までぎりぎり近寄ると、モネの筆の色遣いが生々しく見えてきます。チューブから出した色を混色せず、筆のストロークで色と色を並置して、思いがけない色も挟みながら描いているのを誰でも発見できるでしょう。これは驚きです!専門的には「筆触分割」と言いますが、それを今度はもう一度離れて見ると、丁寧に混色のグラデーションを作って描かれた絵よりはるかにリアルに、光をまとった自然界の色たちが、目のレンズを通じて脳のスクリーンに立ち上がるのを感じないでしょうか。この手法はモネら印象派の大発明でした。

 

さて、この絵を少し美術史的に見ても、多くの浮世絵趣味を隠し持っていて興味深いです。まあ、モネがジヴェルニーのアトリエの庭に太鼓橋を掛け、睡蓮を咲かせたこと自体がすでに日本かぶれとも言えますが、この絵の構図なんかも広重の《亀戸天神境内》を下敷きにしています(下の参考図)。  

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(参考図)《ラ・ジャポネーズ》1875モネ《亀戸天神境内》1856広重 《青と金のノクターン-オールド・バターシー・ブリッジ》ホイッスラー1872-75頃

 

浮世絵の流出に始まる日本趣味は「ジャポニスム」と呼ばれ、19世紀の後半、相次ぐ万博の開催などとも相まって、ヨーロッパで大流行。絵画はもとより食器、家具などが富裕市民にも広がり、1900年を過ぎるころまで優に続きました。参考図のもう一点は、ロンドンに拠点を置いた同時代の画家ホイッスラーのもの。西洋がルネサンス以来の伝統に背いて、ためらいなく風景や庶民の風俗を主題に据えるようになったのも、グラフィックな構図や装飾性を愛好したのも、浮世絵の甚大な影響と言っていいでしょう。

 

講演でいつも申し上げることですが、「美術館で印象派の絵を見て、さすが!凄い!などと有り難がって感心ばかりしているのでは能がない。我々の明治のお祖母ちゃんが産んだハーフの子って、さすがにかっこいいね、とか言えるくらいの知見とプライドを持って印象派を見て頂きたい」。これが今回の結語です。

 

美術評論家/美術ソムリエ 岩佐倫太郎

 

※「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」は1月31日まで。大阪・中之島国立国際美術館