■ヌード画500年の歴史が、この絵から見えて来る。
去る2月2日に待望の開館なった大阪中之島美術館。館のアイコンとも言うべきアメデオ・モディリアーニ(1884-1920)のこの絵は、大阪市が新美術館の建設を決め、開設準備室を設立して最初に買った作品だ。価格は19億円。バブル景気だったとはいえ、1枚の絵がこの値段とはねえ!と賛否が割れた。
アメデオ・モディリアーニ 《髪をほどいた横たわる女》1917 大阪中之島美術館
それから30年。もし仮にいま取引されるなら一体いくらになるのか。2015年にNYのクリスティーズで、この絵と図柄もサイズもほぼ同じモディリアーニの絵が209億円で落札された。したがってこの絵も200億円は下らない、とされる。買った時の10倍!ちなみに、美術館の総施設整備費は、156億円である。
とまあ、週刊誌的なネタで入ってしまったが、本題はこの絵の見方だ。モディリアーニはイタリア出身で、モーリス・ユトリロや藤田嗣治やマリー・ローランサンらとともにエコール・ド・パリ(=パリ派)の一員。第一次世界大戦の前後に、周辺国や地方からやって来てパリを拠点に活動を行った画家たちを言う。
その中でも僕の見るところ、美術の基礎教養がいちばんしっかりしているのが、イタリア出身のモディリアーニだ。すでにイタリアの美術学校で学んでいてデッサン力はあるし、造形には彫刻的な堅牢さがある。色彩の分割の仕方は抑制が効いて版画的でもある。トリミングのモダンさにも惹かれる。しかしながら、それにもましてこの絵を魅力的にしているのは、ルネサンス以降のヌード画の名作をことごとく想起させるからだろう。500年の歴史が凝縮しているのだ。
まず思い起こすのは、ルネサンスの名画、ボッティチェルリの《ヴィーナスの誕生》。僕の調査では、ポンペイ壁画を別にすれば、西洋美術が描いた最初のヌードだ。右手で乳房を押さえ、長い髪を持つ片方の手が秘所を隠すポーズは、以後のヌード画の原型となりモディリアーニまで綿々とつづく。
またドイツのドレスデン国立古典絵画館の、ジョルジョーネ《眠れるヴィーナス》では、女神は立ち姿から寝姿に替わる。モディリアーニの直接的な引用のもとだろう。
ジョルジョーネ《眠れるヴィーナス》1510国立古典絵画館(アルテマイスター)
ティツィアーノ《ウルビーノのヴィ―ナス》になると官能性が増し、女神はついに寝室のベッドに寝そべり、挑発的に見る者を誘うまでヌードは進化する。
そして19世紀後半、浮世絵の春画の影響を受けたマネはついに女神とは無縁の、なんと娼婦を画題にしてしまった。しかも遠近法を無視し、浮世絵では必然だとしても西洋画では禁忌の輪郭線まで使って。立体感の無いフラットな色遣いも、まさに浮世絵の影響だ。発表当時はブーイングの嵐だったが、《オランピア》がなければ、おそらくモディリアーニの絵は生まれていない。
モディリアーニのこの絵は、たかがヌード画ではある。しかしながらこのように、わずか60センチ×90センチの画布の中に、500年の西洋美術の進化の歴史に加えて、日本の浮世絵との混血の痕跡まで再発見することもできる。それもまた、絵を見る楽しみだろう。
岩佐倫太郎 美術評論家/美術ソムリエ