誰も言わない琳派美術史その⑫光琳は、日本美術史のラファエロである、と位置付けて我が琳派シリーズを終わろうか

読者の皆さま、暑中お見舞い申し上げます。健やかな夏をお過ごしください。

 

光琳は、日本美術史のラファエロである、と位置付けて我が琳派シリーズを終わろうか■

 

何だか最後に唐突な話になって、読者の方は戸惑われたかもしれません。光琳がなぜラファエロなのか、紐解いていきましょう。

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聖母子像でよく知られるラファエロ・サンティ(1483-1520)は、ミケランジェロダ・ヴィンチと並ぶ盛期ルネサンスを代表する画家です。どこが偉大なのかというと、彼の画法がそれまでの先人や同時代人――リッピやボッティチェルリ、ギルランダイオやもちろんダ・ヴィンチミケランジェロなどーーのスタイルを摂り入れていて、ラファエロを見ると美術の歴史がすべて流れこんでいるように感じさせるからです。また同様にラファエロからすべてが流れ出ているように感じさせる、言ってみれば大きな包容力と代表性を備えているのです。

 

確かにルネサンスの偉大な画家は多くいますが、死後400年にもわたって絵画の世界のお手本となり、近代絵画にまでずっと影響力を発揮したのは、ラファエロだけです。なぜそんなことが可能だったか。ラファエロは人の絵の特徴を巧みに取り込む、模写の才能はもちろんありましたが、それだけではこうは行きません。彼の凄さは、人物の描写に、巧みにギリシャの女神に見るような美のモデリングを忍び込ませていた点です。個性を主張しすぎず、トレンディになりすぎず、誰もが伝統美として持っていたギリシャ美の感覚――それはキリスト教絵画であるビザンチン美術に押されて、千年以上、地下に潜伏していた――を自分の画風に密かに復活したことによります。たとえばドレスデンにあるアルテ・マイスター絵画館が所蔵する、《システィナの聖母》をご覧ください。このラファエロは、新しいと思う人には新しいが、古典的な厳格性もそなえ、誰もが反対できない全方位的を備えています。ラファエロとミロのヴィーナス。一見唐突なようですが、実は地下水脈で繋がっていることを感じて頂ければ、有り難いです。

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さて、それでは我らが尾形光琳1658-1716)はどうか。ラファエロよりおよそ200年後の人ではありますが・・・。実は光琳も歴史の流れを、一身に取り入れています。代表作の一つ、上のメトロポリタン美術館の《八橋図屏風》など見ても、画題は平安時代の歌物語である「伊勢物語」に端を発しています。在原業平を主人公とする恋と多くの逸話の物語です。そこから鎌倉時代に《伊勢物語絵巻》が生まれます。大阪府和泉市にある久保惣美術館で見れますが、優美な王朝趣味の「やまと絵」と光琳の絵とは、もうイケイケの関係。グラフィックで幾何学的な平面の処理や金紗の多用、植物のモチーフなど、光琳もまた、平安時代の王朝思慕をしっかり復活させ、古人を受け継いでいます。

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また、本阿弥光悦1558-1637)と並ぶ琳派の開祖、俵屋宗達1570年ころ生誕か、没年不詳)の、《風神雷神図》を模写していることもよく知られています。これは光琳琳派の先人に連なる画家・工芸家であることの積極的な意思表明にほかなりません。光琳の国宝の蒔絵硯箱(左)なども、光悦への明らかなオマージュです。鉛をかしめて、橋を表現するなど、世界観や技法をそのまま受け継いでいますね。

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そんな風に理解すると、光琳の《八橋図屏風》の屏風絵は、平安、鎌倉と続く時代の美意識の変遷をフォローして、しかも前の時代のキンキラして豪壮な桃山美術の感覚も、抜かりなくカバーし、日本の美術史を一身に凝縮した作品であることが見て取れます。そればかりか、光琳模様で見たような図像の記号化・デザイン化を達成して近代化を進め、その後の酒井抱一の江戸琳派につながり、明治以降の日本絵画にまで影響力を発揮し続けます。何とも長い時間軸です!次回、ファンも多い江戸琳派と抱一の話で、今度こそは(笑)、琳派シリーズの筆をおきます。

 

和泉市久保惣記念美術館 http://www.ikm-art.jp/

伊勢物語絵巻》「デジタルミュージアム

http://www.ikm-art.jp/degitalmuseum/num/001/0010001000.html

 

岩佐倫太郎 美術評論家/美術ソムリエ