ルネサンスの破戒僧、フィリッポ・リッピ。行状とは裏腹に、その絵は深遠かつ神妙なり。

■□■□■   ウフィッツィ美術館で、ルネサンスの名宝を見て歩く】   ■□■□■   

 

ひょっとしたら僕はウフィッツィの絵のなかでこの作品がいちばん好きかもしれない。画家フィリッポ・リッピ(14061469)は修道僧ながら、どうやら恋多き男らしく、大変な艶福家。この絵のモデルも画家が50歳前後の頃、駆け落ちした25歳の修道女と、その間に生まれた子供達。

パトロンメディチ家当主コジモが教皇をとりなして、還俗と結婚を実現させたんだとか。

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フィリッポ・リッピ 「聖母子と二天使」1465年頃 95×63.5 ウフィッツィ美術館

 

罪多い行状とは裏腹に、この絵は余人の及ばない聖性と現代性を湛えています。どこがそうかというと、まずは聖母。いかにもヴァージンらしい幼いまでの清楚な美しさ。でも髪飾りや胸元のデザインやボタンなどは、とてもトレンディ。現代のタレントと見てもおかしくはないですね。先にはジオットの聖母も見てきた訳ですが、結局、現代のわれわれの美人の基準はこうしたルネサンスの肖像画で養われたのでは、と思います(決してホルモンたっぷりの天平美人ではなく)。

またこの絵のカッコイイのは、ニンブス(光輪)があっさりクリスタルな線で仕上げられている点。「一応、宗教画なんですよ」と、画家は釈明を加えていますが、もしこの輪っかがなければ、若く美しい妻や愛らしい子供たちの前にデレっとなった父親の、おのろけのファミリー・ショットともとれます。それくらいルネサンスは聖俗が混淆して現世的な享楽志向。ファッション感覚にしてもほとんど現代のわれわれと地続きなんです。

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不思議なのは「モナリザ」の風景とも似ている背景。SF的なまでの荒涼感や奥行き感も痛快ですが、実はダ・ヴィンチよりもこちらが50年も早い。ここで注目してもらいたいのは、僕が名づけた「4段階遠近法」。中国の水墨画が、遠景、中景、近景の3つに分けて描かれるように、ここでも岩山の遠景、額縁のようなだまし絵的な窓辺、家族と3つの次元を重ね、最後に凝ったデザインの椅子の肘おきを、つ目の超近景として加えています。特にこの肘おきはリッピがニヤリと笑って自慢したかったはず。浮き彫り彫刻のような立体感は、背景と引き合い、強烈な存在のリアリティを絵画全体に与えるのに成功しているからです。

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フィリッポ・リッピ 聖母戴冠1441-44年頃 200×287 ウフィッツィ美術館

 

さて、もう1点、ウフィッツィの彼の作品です。「聖母戴冠」。マリアが死んで天国で冠を授けられる式典。オペラ的とも言うべきグラマラスな世界観。最初の「聖母子」ならコンセプトだけで描けたかもしれませんが、これほどの華麗複雑な装飾性、揺るぎない構図の堅牢性、遠近感などを見せられると、さすがにこの画家の溢れて尽きることのない才能や技量の格の違いを感じます。