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古代オリンピックがギリシャ美を生んだ、と僕は主張してますが、ご納得いただけるだろうか。

■□■特別展【古代ギリシャー時空を超えた旅ー】(神戸市立博物館) その□■      

 

ギリシャ美を語ってもう6回目。おまけにプラトン哲学まで引っ張り出したものだから、

読者諸賢からは「ちょっとしつこいんじゃないの!」と閉口されているかもしれない。

僕も早く本題の古代オリンピックギリシャ美の話に進みたいのだが、もう少しだけ哲

学のことを語るのをお許しいただきたい

 

ギリシャと周辺の植民地に紀元前5世紀前後、哲学者が一斉に現れ始めたのだが、

目をもう少し東方に転ずると、同時期にインドでは釈迦中国では孔子老子現れ、

しかもみな遊行して教えを説くのである。人類にとって、またわれわれ日本人にも、多

大な影響を与えた思想はほとんどこの時期生まれているいったいこの符合は何か。

 

ドイツの哲学者、カール・ヤスパース1883-1969)は、この時代の特異性を「枢軸の

時代」と名付けている。枢軸とは分かりにくいが、地域が呼応しあうということか。とこ

ろが彼は、なぜこんな現象が起きたのかは、謎で不思議だ、としている。

                         ●

僕が思うにこれは不思議でも何でもなく、ユーラシア大陸広汎に青銅から鉄へと

イノベーションが起こり、量産が効いて安価で強い鉄の農具が行き渡り、食料生産革

命が起こったからだと想像する。そのため都市が各地に誕生し、食糧生産に直接か

かわらない思想家をギリギリえるレベルに達したのだと思う。要約すれば「哲学は

鉄から生まれた」、のである。それでは鉄の文明の源流は、と言うと僕は小アジア(ト

ルコ)の鉄の帝国ヒッタイトだと推測するが、この話は長くなので別の機会に

                         ●

さて、ようやくオリンピックの話をするところまで来た。2020東京オリンピックは、一体

何回目かご存じだろうか。わずか32回目だ。近代オリンピックはまだ百年ほどの歴史

しかない。ところが古代オリンピックは、ギリシャの都市でなんと1200年の長きにわた

って、つまり300回以上開かれた。

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 《ディスコボロス》ミュロン 紀元前450-440年を紀元2世紀に摸刻 大英博物館(参照画像)赤像式パテナイア小型アンフォラボクシング》前500年ころ アテネ国立考古学博物館蔵 cThe Hellenic Ministry of Culture And Sports-Archaeological Receipts Fund

見功者(みこうじゃ)と言う言葉がある。歌舞伎やアイススケートなどのファンの方はお

分かりだと思うが、人の目はすぐ肥えるのである。それが300回も続いた時の蓄積た

るや・・・。このことを人は想像できるだろうか。

 

ギリシャ人は強さだけでなく形態の美しさも比べ、鑑賞し、ついには絶対美の法則を抽

出して最も理想のモデリングを作ろうと努める。古代オリンピックの代表競技は、ボクシ

ング、レスリングなどだが、上の有名な《ディスコボロス》(今展には来ていないので注意

あたりを見れば、言わんとすることはお分かり頂けるだろう。

 

片足に体重をかけ体をひねる、ギリシャ彫刻独特の美の様式の原型が、もうここにある。

「コントラポスト」と言われるが、動を孕んだ静止美、ストップモーションのような緊張感の

ある凝縮した美意識だ。コントラポストは初め男像を刻むのに用いられ、次いでヴィーナ

ス像にも応用され、終には近現代の美の規範となって、今も美の世界に君臨している。

 

                        ●

 

思えば今から2500年前の昔、ユーラシア大陸は青銅器と神話の時代から、鉄による

食料生産革命を経て、哲学やスポーツや芸術が花開く都市文化の時代に移る。のちの

ルネサンスも含めて、現代の原風景はすべてここにある。それゆえに僕はギリシャのこ

の時代を強く憧憬する。さて次回はアレクサンダー大王とヘレニズムについて(続く)。

  

岩佐 倫太郎 美術評論家 美術ソムリエ    

 

NHK文化センター西宮ガーデンズ教室で特別講座を開きます。416日(日)1330

 京都国立博物館「海北友松」展(411日~521日)にちなみ、

「海北友松~龍で読み解く東西美術史」。詳細とお申し込みは NHK文化センター  

電話0798-69-3450 または https://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1119201.html

 

 

岩佐倫太郎ニューズレター【NHK文化センター特別講義(4月16日)のごあんない】

この春関西でいち番の美術展は、コレ!開館120周年を迎える京都国立博物館の龍が目玉だ。

 

■□■   【海北友松展にちなんで~龍で読み解く東西美術史~】 □■□       

この春、関西の美術ファンに注目して頂きたい企画展は、京都国立博物館で開催される「海北友松」

(かいほう ゆうしょう)展でしょう。友松はを描かせれば桃山画壇随一。狩野永徳や長谷川

等伯と並ぶ実力絵師でした。戦国を生き抜いた武家の出身でしたが、それゆえか元は建仁寺ふすま

に描いたこの龍も、吹っ切れがよく、飄逸味がたっぷり。まさに京都最古の禅寺にふさわしい画格かと。

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海北友松 雲竜図 1599年 建仁寺京都国立博物館寄託)

実は数年前から、建仁寺の座禅会に楽しみで時々通っていて、座禅する僕の眼前に広が

るこのダイナミックな龍(高精細なレプリカ、本物は京都国立博物館に寄託)にすっか

り魅入られてしまいました。想像上の怪獣がこんなに人に親しい存在なのも不思議です。

去年に続くNHKでの特別講義ですが今回はこの展覧会にちなんで、友松の絵をどう

見ればいいのか、どこが凄いのかなど、見どころをズバリ伝授したいと思います。

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 《聖ゲオルギウスと龍》ラファエロ 1504-06 ワシントン・ナショナル・ギャラリー

また、ルネサンスの巨匠ラファエロらの西洋の龍の絵などと友松の龍を比較してみると、西洋の龍

(ドラゴン)はたいてい無惨にも征伐される対象なのがよく判る。一体この違いは何ゆえか。疑問を

解いていくうちに、大げさに言えば、僕は龍を通じて東西文化の成り立ちの根本に突き当たりました。

先に見てから聞くか、聞いてから見るか。一挙に世界が広がり、美術が面白くて止められない―――

そんな講義にしたいと思っています。ご参加をお待ちしています。

講演会の詳細とお申し込みは 

電話0798-69-3450 または

https://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1119201.html  

 

岩佐 倫太郎 美術評論家 美術ソムリエ         

 

京都国立博物館開館120周年記念特別展覧会「海北友松」会期:411日(火)~521日(日)

 

 

 

ギリシャ美を生み出したのは、プラトン哲学と古代オリンピックだったと僕が断定したその訳は?

  • 特別展【古代ギリシャー時空を超えた旅ー】(神戸市立博物館) その⑤ ■

 

我々の美意識の源流は、一体どこまで遡ればいいのか?まさか、優に1億年以上も昔のアルタミ

ラの洞窟画ではないだろう。旧石器時代のことだもの。我々との連続性は感じることはまず無い。

それなら紀元前2、3千年位の古代エジプトはどうか。彼らの死生観を表す絵や平面的な様式など

は、確かにエスニックで珍重はするのだが、これも何ら近親の血が騒ぐようには思えない。

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 《ク―ロス像》前520年ころ  《アルテミス像》前100年ごろ(紀元前4

                                                        世紀のオリジナルを翻案したもの)

ともにアテネ国立考古学博物館蔵 cThe Hellenic Ministry of Culture And

Sports-Archaeological Receipts Fund

 

やはり我々の美意識は、およそ紀元前5世紀ころに始まったギリシャ美が、地続きと言う意味に

おいて、今日の直接の始源だろう。つまり今から2500年くらい前に我々の美の原型が出来上がり、

今もなおその規範に従っているーーそう考えておくのが健全に思われる。まあ、無くてもいいがそう

いう教養があるだけで、ルネサンスなど西洋美術の流れを俯瞰すれば、絵画や彫刻の楽しみは

遥かに深くなり、快美の念をいや増してくれるに違いないことを断言して置こう。

                  

ところで紀元前5世紀の頃と言うと、僕にはギリシャ哲学の事が思われてならない。美術と同様に、

現代哲学もやはり同時期にギリシャ及びその植民都市で始まっているのだ。ギリシャ人は、ホメロ

スの《オデュッセイア》に代表される長い長い神話的な物語世界の時代からその頃ようやく抜け出

し、人間の精神史で初めて、世界を科学的ともいうべき理性による思考法で捉えようとした最初の

民族だった。

例えば哲学者の元祖とされるターレスは、万物の根源は「水」であると主張した。世界の根源は

「火」であるなどと唱えた哲学者もいた。その当否は別にして、神学でなく、世界を現象の奥にあ

る統一的な原理で解釈しようとしたことは画期的に新しいことだった。有名なソクラテスの弟子プ

ラトンは、この統一的原理を「イデア」と呼び、彼の哲学的根拠としたことは皆さんもご存じだろう。

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アテナイの学堂》ラファエロ 1509-1510バチカン宮殿 中央向かっ

て左が天上を指す理想主義のプラトン

顔はダヴィンチで表現、右はアリストテレス  ※このフレスコ画は展

覧会では見れません、ご注意ください。

 

今でいえば、一種のモデリング思考であるが、目に見えない理想的な絶対原理を求める思考の特

性は、科学や数学を生み出すもととなる。近代知の始まりだ。またこれが美学に応用されると、完

璧な人体の理想美を求めてやまない芸術表現となる。神は人間を、自分たちの似姿としてつくられ

た。ならば、ギリシャ美術における人間もしくは神々は、完璧な比例美をはじめとして、理想の規範

を内包しているべきだ。当時のギリシャの芸術家はプラトンらのイデアの哲学を敷衍して、そう考え

たのではあるまいか。哲学と美術は、同じテーブルで語られることは少なく、僕もまだ、そのような

ギリシャ哲学と美学を関連付ける論考は見たことがないが、両者は関係している、と言うか通婚し

ている。ギリシャ哲学とギリシャ美は夫婦のように一体である。ーー僕はそう断定する。

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赤像式パテナイア小型アンフォラ ボクシング》前500年ころ

アテネ国立考古学博物館cThe Hellenic Ministry of Culture And

Sports-Archaeological Receipts Fund

 さて、プラトン哲学と並んで、ギリシャ美を成立させたもう一つの要因は古代オリンピックであると、

僕は最初の見出しで仮説を提起した。そろそろ古代オリンピックについても語らねばならないが、

紙幅が尽きてしまった。ボクシングをする拳闘士の図柄の焼き物だけ掲げ、オリンピックの話は次

回にさせて頂く(つづく)。

 

■展覧会の会期は、2017年4月2日(日)まで、神戸市立博物館にて。

美術評論家 美術ソムリエ 岩佐倫太郎

 ■後記

わがニューズレターは、1200字を超えないようにしています。ネットだから長くてもいいようなものですが、

やはりコンテンツのてんこ盛りは嫌われる。無料メルマガと言えど、それなりに気を使ってるんです(笑)。

ギリシャの美はどのように生成し変遷したのか、3千年にわたる時のドラマを俯瞰しつつ旅しよう。

 

  • 特別展【古代ギリシャー時空を超えた旅ー】(神戸市立博物館) その④ ■

 

現代に生きる我々はいまだに美意識においては、ギリシャ美の虜囚である。完璧すぎる立体感、

これ以上の理想は見出せそうに思えない有無を言わさぬプロポーション。時として解剖的なまで

に美しい動態モデリング・・。白い大理石に刻まれた彫像に我らはいまだにぞっこんなんである。

それではそのようなギリシャ式の整形美はどこから始まるのか。さしずめ下の真ん中の②《ク―ロス像》あたりを始原と見るのは健全かつ妥当だろう。

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①スペドス型女性像    ②ク―ロス像     ③アルテミス像

 

これは紀元前6世紀のもの。それが次第に③の《アルテミス像》のように繊細な処女美に移り、

ついには、下にあるような過熟ともいえるひねりの効いた演劇的リアリズムに到達する。この《青

年像》は、奇跡的にエーゲ海の海底から引き揚げられたもので、損傷は激しいものの土や砂に

うずもれていたおかげで重要な部分が幸運にもよく保全されている。ギリシャ美が頂点を極め、

さらにとうたけて世界中に広まったヘレニズム時代の美の規範を現代によみがえらせてくれる貴

重な作品だろう。②のク―ロスから④の青年像に至るまでせいぜい300年の出来事ではあった。

              

まあ、ギリシャ美の祖型は紀元前5,6世紀に生まれ、紀元前後には

f:id:iwasarintaro:20170210113541j:plain④ 青年像

もう頂点を極め、過熟して熱波のように世界に広がるーー。それをロ

ーマ人が継承して、ルネサンスで再び脚光を浴び、19世紀の新古典

派の時代に三たび浮上した。ギリシャ美の概観はそのような理解で

十分だろう。                   

しかし、僕は一方で紀元前2500年くらにいは平気で遡る、①の《スペ

ドス型女性像》を、東海道五十三次日本橋起点のように置いて、い

つも現在位置を参照するのに使いたい誘惑に駆られてならないのだ。

学術的には何のつながりも証明できないだろうけど、プリミティブな

造形の中に早くも潜む造形欲求というか、整形美への志向を、このピ

カソやジャコメッティなどに霊感を与えた豊穣の女神に見出すからだ。

もし読者の諸賢兄姉がぼくの妄想に笑ってお付き合いして頂けるなら、

その時ギリシャ美の系譜、壮大な時空を超えた妖艶な絵巻物に姿

を変えるのだが。

 

さて、上の青銅の青年像に話を戻すと、《ミロのヴィーナス》や《サモト

ラケの二ケ》と時代を同じくするヘレニズム期に属するが、一体全体、

このように人体表現を立体的かつ動態的に、唯一ギリシャ人が高め

 

完成させ得たのは、何故なのか。次回その辺のまだ誰も語らない僕の説を開陳させて頂く(つづく)。

 

①《スぺスドス型女性像》前2800年~2300年 キュクラデス博物館蔵

©Nicholas and Dolly Goulandris Foundation-Museum of Cycladic Art, Athens, Greece

②《ク―ロス像》前520年頃 アテネ国立考古学博物館

©The Hellenic Ministry of Culture And Sports-Archaeological Receipts Fund

③《アルテミス像》前100年ごろ アテネ国立考古学博物館

©The Hellenic Ministry of Culture And Sports-Archaeological Receipts Fund

   ※紀元前4世紀のオリジナルを前100年ごろに翻案したもの

④《青年像》前4世紀~3世紀 アテネ水中考古学監督局蔵

©The Hellenic Ministry of Culture And Sports-Archaeological Receipts Fund

 

■展覧会の会期は、2017年4月2日(日)まで、神戸市立博物館にて。

                      

美術評論家 美術ソムリエ 岩佐倫太郎

 

 

この古代ギリシャの青年像は神殿に奉納されていたが、さて、彫刻としてはどう見ればいいのか?

  • 特別展【古代ギリシャー時空を超えた旅ー】(神戸市立博物館) その③ ■

 

この大理石に刻まれた高さ160センチの青年像は、ギリシャアポロン神域から発掘された。日

本でも神社にお札を納めると言った風習があるが、紀元前の古代ギリシャ人は神殿に、美しい

若者の彫刻像を奉納したのだ。このような若い男性像を「ク―ロス」と呼ぶ。これは、人間の姿は

神から授かったもので、美しい人間の姿を神はことのほか喜ばれる、との考えである。

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今回、展覧会に足を運んだ人は、2階の会場内でひときわ目立つこのク―ロスに、何らかの美的

な引力を感じるに違いない。それは一体なぜなのか。また、このような彫刻に向き合ったとき、美

術としてどう鑑賞したらいいのだろう。以下、僕の見方の手順とポイントである。

                              ●

まず離れてザックリと見たときに誰しも気づくのは、人体を3次元でリアルに再現できている事だ

ろう。プロポーションの良い体躯は決して筋肉ムキムキではないが、腹筋もちゃんと割れ、太腿も

半端でなく厚みがあり、たぶん古代オリンピックの勝者をモデルにしたのではないかと僕は想像

する。次に少し近づいて見ると、やはり容貌が端正で若々しいことも認めない訳にはいかない。

もし、長く伸ばして編んだ髪がなければ、そのまま今日の若者にも見えるだろう。ポロシャツなど

着たところを想像してもらえばいいのだけれど。

 

顔つきはオリエントが混じっているのか、ある種の精桿さが見て取れる。そしてさらに見ていくと、

ここが一番のポイントだが、彼の唇に浮かぶ「笑み」に気づかれるだろう。唇の両端を持ち上げて、

様式的なほほえみをたたえているのだ。これを古代の笑み=アルカイック・スマイルと呼ぶ。アル

カイックとはギリシャ語で始原とか太古を意味する「アルケ―」に由来する。

 

この辺を押さえておくと、この彫刻の美術史的な価値を推し量る決め手になる。と言うのは、これ

から以降、ギリシャの彫刻は祭祀性を離れて、芸術としての美しさや独自性を追求するようになり、

もはや意味のない笑いを漏らしたりはしなくなるからだ。日本で言えば大黒様の笑いのような、時

代的には古い精神に属する祭祀的な笑いを残している点が特徴だ。ちなみに紀元前6世紀の

この時代を、ギリシャ彫刻ではアルカイック期と呼ぶ。

 

さて、もういちど体の話に戻ると、体の造像は立体感としては十分表現がなされているけれど、

まだどこか正面を向いた謹直なポーズを取っている。したがって骨盤も水平だ。ここには紀元前2

世紀の《ミロのヴィーナス》に見られるような、ろうたけた体のひねりや表現的な誇張はまだない。

ギリシャはこの後、理想主義的な様式を確立するクラシック期という黄金時代を迎える。このクー

ロスはちょうどその前夜にいる。体はもうクラシックに限りなく近づいているものの容貌はまだ古代

的な笑みをたたえ、両者が一身の中で共存している。なので人類の美術の歴史の中で、祭祀と

芸術が枝分かれする、そのちょうど分水嶺を目撃する思いがするのだ。芸術が芸術の自意識に

目覚める前夜の、記念碑的な作品とも言える。ク―ロスの持つ美的引力と美術史上の重要性は

そこにある。

 

《ク―ロス像》前520年頃 アテネ国立考古学博物館

©The Hellenic Ministry of Culture And Sports-Archaeological Receipts Fund

 

 

展覧会の会期は、201742日(日)まで、神戸市立博物館にて。

                      

美術評論家 美術ソムリエ 岩佐倫太郎

 

 

ギリシャ美って結局、ミロのヴィーナスのことでしょ、と言うのは間違いではないが、源流はこれ?

 

■特別展【古代ギリシャー時空を超えた旅ー】(神戸市立博物館) その② ■

 

我々はいまだにギリシャの美意識に支配されている。たとえば、8頭身美人。こんなプロポーショ

ンの規範もギリシャ人が作ったものだ。おかげで東洋の我々はいささか迷惑しているのだけれど。

でも誰も例えば天平時代の中国型のぽっちゃり美人が世界に通ずる美のスタンダードだとは、言

ってくれない。それどころか、世界の大勢は、やや男性ホルモンが多いマニッシュで筋肉質な女

性像になびいているし、ハリウッドが生み出すスター像だって、そうだ。

そのせいか、《ミロのヴィーナス》や《サモトラケの二ケ》などギリシャ発の彫像が、美の女王として

ずっと玉座に君臨してきたのではある。彼女たちが作られたのは何と紀元前2世紀、3世紀。ヘレ

ニズムと言うギリシャの美意識が到達した、最後でかつ最も成熟した美意識の時代の産物だ。

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《スぺドス型女性像》前2800年~2300年 キュクラ

デス博物館蔵©Nicholas and Dolly Goulandris Foundation-Museum of Cycladic Art, Athens, Greece

 

ところで一体ミロのヴィーナスが生まれる以前、その遥か昔はギリシャ人はどんな美意識を持っ

てていたのか。その答えは、写真の《スペドスの女性像》を見るとわかる。画像を見て、あっけに

とられた人もいたのではないか。と言うのは、今から言うともう5千年近く前のものなのに、何だ

かモダンではないか!間違うとジャコメッティやアルプなどの現代彫刻と思ってしまうかもねえ。

ところがよく見て頂くと股間には、明確に女陰が刻まれている。それで我々も、ああそうかこれは

世界に広く存在する古代の地母神崇拝の偶像か、と理解する。地母神崇拝とは、女性の子供を

産む力と大地の生産力を重ね合わせ、自然の生命力を讃える信仰である。この彫像は、高さが

約74センチ、キュクラデス群島と言うギリシャエーゲ海の南西部、クレタ島の北側に点在する

島で発見された1点。

さて、僕が惹かれるのは、《スペドスの女性像》がオリエントなど他の地域に出土する地母

神礼賛の素朴でプリミティブな土偶的なデザインとは、明らかにかけ離れた造形への意思を持っ

ているように見受けられる点だ。モダンデザインを超えて、ポストモダンともいうべき簡潔な省略や

モデリング志向を感じる。何かイデアと言うものを表現しようという意思を孕んでいるように僕には

思えるのだ。

この造形性が、《ミロのヴィーナス》につながった、などとの暴論は控えておこう。たとえ《ミロのヴィ

ーナス》が発見されたメロス(ミロ)島が、この像と同じキュクラデス群島の島であるとしても。両者

には2500年の時間の隔たりがあるし、空間把握は平板で3Dの表現にも当然まだ至っていない。

人種もたぶん、変遷して入れ替わったとみる方が普通だろう。それにもかかわらず、《ミロのヴィー

ナス》にちょっといやらしいくらい見て取れる、架空の理想像を求めてやまないモデリング欲求が、

もうすでに潜んでいると思わないだろうか。もしそうなら両者は時を超え人種を超え、文化のDNA

として連綿と流れ続け、呼び交わしあっていると言うことになる。う~む、どうだろう、妄想かな。

 

■展覧会の会期は、2017年4月2日(日)まで、神戸市立博物館にて。

                      

美術評論家 美術ソムリエ 岩佐倫太郎

今も美の世界ではギリシャ美が不動の基準だ。一体それはどのように生まれ、なぜそうなったのか。

特別展【古代ギリシャー時空を超えた旅ー】(神戸市立博物館)にちなんで

 

 

現在のギリシャ政府は財政破綻の危機に瀕し、債務の減免を求めざるを得ない誠にはかばかしくない経済状況ではある。しかしながら、美の世界においては、ギリシャは世界を制覇し、2500 年に及ぶ長い歴史の中で、文字通り人類の美意識のスタンダードであることを誇ってきた。いわば不動不滅の4番打者なのである。

 

ギリシャは今日の美の源流であり、ビザンチン美術もルネサンスも、そして近代絵画に至るまで、ずっとギリシャは美の基軸であり続けた。まあ、ギリシャを理解しないことには美術の話は始まらないのであるが、尊敬されて止まないギリシャ美の規範は、一体いつどのようにして生まれたのか?

まさか生まれた時からこうでした、という訳ではあるまい。美の様式や規範の成立には、それなりのプロセスや発展段階が生命体のようにあって、それを経て今日につながったになった違いない。

                            

また、ギリシャ美の絶対的な規範が生まれたとして、どうしてそれが世界に広がり皆が受け入れ、今日まで高い評価を与えて来たのか。その理由は何だったのか。などと、ギリシャについては色んなことを考えさせられる。

                            

いま神戸市立博物館で開催中の特別展【古代ギリシャー時空を超えた旅ー】は、そんなわけで僕にとって格好の考察の現場である。この展覧会、去年夏には上野の東京国立博物館で開催されたので、そちらで既にご覧になった方もあるかと。じつは僕もわざわざ見に出かけた一人であるが。

いずれにしても、ギリシャ美の歴史を考古学にまでさかのぼって解き明そうという野心的かつ周到な美術展となっている。物量的にもかなりなモノだろう。

                            

さて神戸の元町に近い市立博物館。石造りの洋館に入って、最初に観覧者が目にするのは

この《アルテミス像》だ。紀元前100年頃、とあるから、美術史的にはギリシャ美が最も成熟

したヘレニズム期の作品と言うことになる。大理石で、高さは140センチの彫刻――。

 

f:id:iwasarintaro:20170118193311j:plain《アルテミス像》前100年ごろ アテネ国立考古学博物館©The Hellenic Ministry of Culture And Sports-Archaeological Receipts Fund

アルテミスと言えば、ギリシャ神話での狩りと月の女神だが、この作品は髪型も姿態も処女的

なまでに初々しい。完全な3D感覚も含め、今の時代の者が見て何ら違和感を感じさせない。

僕には薬師寺の日光月光菩薩を思わせる衣文の格調と流麗。また脚を見れば動態を秘め

たストップモーションの凝縮感も見どころ。まだ7頭身以下だし、腰のひねりなども、同じヘ

レニズムの時代の、あまりに有名なルーブル《ミロのヴィーナス》や《サモトラケの二ケ》などの﨟(ろう)たけた表現には至っていないけれど。ギリシャ美が「コントラポスト」と言われる体の肉感的なひねりを持って、左右の足の体重を掛け違える手法を発明するまでもう一歩のところまで来ているではないか!まだ謹直だったころのギリシャの美の規範が、官能的なまでの成熟美に至るちょうど間にある作品。実に珍重すべき出展品と思える。さて回はこれよりも古い起源の、ミロのヴィーナスなどを生むまだまだ以前の、古代ギリシャの彫刻をさかのぼってご紹介する(つづく)。