➃モナ・リザは、なぜ顔を7:3にしているのか。

ダ・ヴィンチ 《モナ・リザ》➃

モナ・リザは、なぜ顔を7:3にしているのか。

僕は前回、「モナ・リザとは受胎告知図である」、と書きました。モナ・リザは妊婦で、「科学の時代の真実が、ここから生まれる」ことを、寓意的に表わしています。伝統画を隠れ蓑にして科学思想を巧妙にプロパガンダし、同時に科学技術としての絵の描き方(=絵画論)を、実際に教えるものです。このように考えると、いままでとは全く違うモナ・リザ像が見えてきます。

例えばモナ・リザの顔の描き方も、実は絵の教科書です。頬やあごに見られるリアルで自然な立体感は「スフマート(=煙)法」と言って、ダ・ヴィンチの大発明です。筆先で微小なドットを重ねながら、ぼかしたような膨らみを実現する技法。輪郭線と言うのは科学的には存在しないものなので使いません。

ほかにもダ・ヴィンチは、2次元に描かれた絵を立体的に見せるため、《最後の晩餐》では究極の「透視図法」を、《受胎告知》では背景の色を緑から青に変化させる「空気遠近法」をテンプレート的に示しています。

また、モナ・リザは顔を7:3にしてこちらを見ていますね。これも後世の画家のスタンダードとなる驚くべき発明です。肖像というのは、それまでローマ金貨なら皇帝の顔は真横向き、ビザンティンの宗教画なら聖人は正面、というのが相場でした。聖母子像でマリアが幼子を見つめ、幾分か顔を斜めにすることはあっても、モナ・リザのように大胆に、顔を横に振った肖像の例はまずありません。

一体なぜこんな描き方をダ・ヴィンチはしたのか?それは彼の数多くの解剖経験から来ていると僕は考えます。人間の頭部を図像で詳しく説明しようとすると、斜め上からがいちばん立体的で説明しやすい。ちなみにサイコロに例えると、真横や真上からだと、6面のうち1面しか解りません。サイコロが何たるものか画像で示すには、斜め上から3面を描いたとき、いちばん情報量が多い筈です。それと同様の理由で、ダ・ヴィンチはこの角度を選んだと思います。人間を見る視線がどこか宇宙人的です。

そのダ・ヴィンチモナ・リザを描くときの関心事は、もしかして美しい頭蓋骨を描くことにあったのでは?若いころ、《ウィトルウィウス的人体図》という名の、有名な人体の比例図を描いたダ・ヴィンチのことです。おそらく頭蓋に関しても、頭頂の丸み、顔の幅と長さ、鼻の長さの割合など、彼の中の理想の黄金比を、モナ・リザに投影したのではないでしょうか。とすれば、骨の上の容貌や表情などは、2次的な関心だったかもしれません。それでも、もしわれわれがモナ・リザの絵に何らかの威厳ある美しさを認めるなら、それは顔の背後にある頭骨のプロポーションが優れて、かつ頸骨とのつながりも解剖学的に正しいことを、直感で感知するからではないかと思っています。

今回で終わる予定が、宿題が残りました。モナ・リザの半身はなぜ斜めを向いて描かれているのか?この重大な秘密を次回、目からうろこで種明かしをします。そしてここから西洋美術史が流れ出ることを俯瞰的にお示しして、完結したいと思います。

 

岩佐倫太郎 美術評論家/美術ソムリエ

 

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