カラヴァッジオ 《聖マタイの召命》 この名画はなぜ名画なのか⑤

「この名画はなぜ名画なのか」シリーズ 第⑤回

カラヴァッジオ 《聖マタイの召命》 1600

縦322×横340 サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会(ローマ)

ルネサンスの3大巨匠のひとり、ダ・ヴィンチがミラノの教会の食堂に《最後の晩餐》を描いておよそ百年たったころ、野心と才能を持て余した一人の絵描きが、ローマにやってまいります。ミラノ出身の青年で、名はミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオバロック絵画の創始者にして、かつ殺人犯!喧嘩で人を殺め、逃亡生活の果てに僅か38歳で旅先で客死する、波乱万丈な生を送ったその人でした。

そのカラヴァッジオが1600年、ローマの寺院のために祭壇画、《聖マタイの召命》を描いたところ、たちまち評判となり、彼の出世作となりました。ちなみに切りのいいこの年は、カトリック教会の「大聖年」。ローマでは寺院の新築・改築が相次ぎ、お布施を稼ぐため壮麗な祭壇画・天井画などが大量に発注されます。才気あふれるカラヴァッジオはこのとき、自然光以外には蝋燭くらいしかない薄暗い寺院の環境を逆手に取って、明暗画法(キアロ・スクーロ)を生みだしました。必要な部分だけ明るく浮き立たせ、あとは暗い壁に溶け込ませ、揺れる蝋燭の光であたかも伝説の聖人たちが眼前に出現したかのような幻影効果で、善良な巡礼者たちを大いに感動させたのです。

 

さて絵の解説ですが、まず右端で腕を伸ばし指さしているのがイエスです。若くて痩せて、足元は裸足!そして手前の背中を向けた男は、ペトロ。もと漁師で、のちの初代ローマ教皇となります。ではマタイとは誰か?机の前の髭の男と、貨幣を数える青年の2説があって、後者との見方が今や有力です。ともかく、イエスとペテロはできて間もない教団の基礎を築こうと、弟子のスカウトにやってきた。そして、ドラマが起こるのです。

 

――イエスはそこから進んで行かれ、マタイという人が収税所にすわっているのを見て、「わたしに従ってきなさい」と言われた。すると彼は立ちあがって、イエスに従った(マタイによる福音書9章9節)。

 

簡明極まる記述ですが、身分の低い徴税人が、イエスの声で雷に打たれたように天命を悟り、すべてを捨てて布教の旅に従う――。息詰まるような奇跡的な宗教劇をわれわれは目撃させられることになります。

 

僕はこの《召命》は、ダ・ヴィンチの《晩餐》にカラヴァッジオが渾身の力と自負心で挑戦した作品だと思います。

ダ・ヴィンチ 《最後の晩餐》1495-98 サンタ・マリア・デッレ・グラッツエ教会 4.6×8.8m


両者とも描かれているのは、物語のドラマツルギーが最高潮に達した瞬間。ダ・ヴィンチのばあいはイエスに「裏切り者がいる」と言われて使徒たちが狼狽する場面で、ただし身振りはいささか時代がかって、芝居臭いです。一方カラヴァッジオの人物の振る舞いは、ずい分と抑制的で、その分、より自然なリアル感があります。決して「僕なんかででいいんでしょうか?」とか、大げさに驚いたりはしていませんから(笑)。

じつは、「抑制」こそ見る者の想像を引き出す点で、近代の意識そのもの。後にバロック画家のヴェラスケス、フェルメールらが重要性に気づいて、しっかり取り入れるところとなります。このように読むと、カラヴァッジオダ・ヴィンチを最も正当に継承し、さらに野心的な上書きを施し、その後の近代絵画の流れの始点に位置する巨匠である、と考えることができます。

 

岩佐 倫太郎  美術評論家/美術ソムリエ

 

■11月4日(土)、「美術講演会(無料)@宝塚市立中央図書館」の最終ごあんない

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