【西洋ヌード画の歴史をたどってみた シリーズ 3の③’】 ■□■□■
「オランピア」は「草上の昼食」と並んで、マネの代表作あるばかりでなく、パリのオルセー美術館
が誇る傑作です。ナポレオン3世による第二帝政と呼ばれる時代、パリにも産業革命の波が
押し寄せ、工業化によって人々は都市に集中し、街は大改造されて大通りや公園が作られ、博
覧会が開かれる。百貨店が誕生し、人々は街灯のもと、夜をダンスやカフェで過ごし、休日は郊
外へ汽車に乗って遊びに行く。田園から都市生活へ、消費と逸楽へとライフスタイルが大きく変
わった節目でした。今のわれわれとほぼ同じライフスタイルが出来た時代といっていいでしょう。
エデュアール・マネ 《オランピア》 1863年 油彩・画布 パリ オルセー美術館
画家にしても、神話や貴人の肖像を描くことしか出来なかった昔と違って、市民生活の発展を目
の前にして、画題には事欠かない豊かな時代でした。ところがなんとマネは、1865年のサロンに、
高級娼婦の名を冠した作品を出品してしまったのです。あえて娼館のフーゾクを描いたわけです。
2年前の「草上の昼食」で、平和なピクニック風景の中に全裸の女性像をはめ込んで、これは今
から見ると機知たっぷりの切れ味のある手法ながら、大変な顰蹙を買った。その記憶もさめやら
ないうちに、またしても!!今度は審査には通ったものの、非難の声は前よりもはるかに大きい。
ティツィアーノ ≪ ウルビーノのヴィーナス ≫ 1538年 フィレンツェ ウフィツィ美術館
その理由は、マネが構図として借用したルネサンスの巨匠ティツィアーノの「ウルビーノ
のヴィーナス」と見比べていただければよく分かるでしょう。こちらのほうは、まず姿態
が豊満で顔も美人(神)。画家は輪郭線を用いることなく丁寧に立体感を表現し、全体を
理性的な遠近法で描いています。ルネサンスの特徴である、美化された神話を存在感たっ
ぷりに描いて、湯上りという物語にも迷いがありませんね。それから300年後の当時の審
査員や市民の審美眼も、依然このような絵こそ最上とする伝統の中にいました。
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ところが、この絵をイタリア旅行で模写した筈のマネの引用は、何とむごたらしいことか。
体は平板で美人でもない、女神ならぬ全裸の娼婦。挑発的にサンダルをはき、扇情的な花
を髪に挿し、首にはチョーカーが。客から届いた花束をメイドが渡そうとし、黒猫は毛を
逆立て、神話など無いありていな娼館の一こまです。画法的にも立体感、遠近感という絵
の基本も無視され、娼婦は黒人と比べて妙に子供のように小さくプロポーションも変。肉
体の自然な重量感も無く、全体がまるで部品を集めたコラージュのようです。紳士方は自
分の悪行を暴かれた気分も手伝って「怪しからん絵だ!」と怒ったんでしょう。
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ところでマネのこの絵は浮世絵の影響を受けているとされます。浮世絵のグラフィックで
色彩的に鮮やかな特性をうまく取り入れているのは事実です。しかし、僕は技術的なこと
以上にマネは浮世絵や春画の影響を思想的に受けていると思っています。そこが分からな
いとマネの革新性やこの絵の良さが分からない。またしても長くなりました(つづく)。
■ニューズレター配信 ものがたり創造研究所 美術評論家 岩佐 倫太郎