■□■特別展【古代ギリシャー時空を超えた旅ー】(神戸市立博物館) その⑥■□■
ギリシャ美を語ってもう6回目。おまけにプラトン哲学まで引っ張り出したものだから、
読者諸賢からは「ちょっとしつっこいんじゃないの!」と閉口されているかもしれない。
僕も早く本題の古代オリンピックとギリシャ美の話に進みたいのだが、もう少しだけ哲
学のことを語るのをお許しいただきたい。
ギリシャと周辺の植民地に紀元前5世紀前後、哲学者が一斉に現れ始めたのだが、
目をもう少し東方に転ずると、同時期にインドでは釈迦、中国では孔子・老子が現れ、
しかもみな遊行して教えを説くのである。人類にとって、またわれわれ日本人にも、多
大な影響を与えた思想はほとんどこの時期に生まれている。いったいこの符合は何か。
ドイツの哲学者、カール・ヤスパース(1883-1969)は、この時代の特異性を「枢軸の
時代」と名付けている。枢軸とは分かりにくいが、地域が呼応しあうということか。とこ
ろが彼は、なぜこんな現象が起きたのかは、謎で不思議だ、としている。
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僕が思うにこれは不思議でも何でもなく、ユーラシア大陸で広汎に青銅から鉄へと
イノベーションが起こり、量産が効いて安価で強い鉄の農具が行き渡り、食料生産革
命が起こったからだと想像する。そのため都市が各地に誕生し、食糧生産に直接か
かわらない思想家をギリギリ養えるレベルに達したのだと思う。要約すれば「哲学は
鉄から生まれた」、のである。それでは鉄の文明の源流は、と言うと僕は小アジア(ト
ルコ)の鉄の帝国=ヒッタイトだと推測するが、この話は長くなるので別の機会に。
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さて、ようやくオリンピックの話をするところまで来た。2020年東京オリンピックは、一体
何回目かご存じだろうか。わずか32回目だ。近代オリンピックはまだ百年ほどの歴史
しかない。ところが古代オリンピックは、ギリシャの都市でなんと1200年の長きにわた
って、つまり300回以上開かれた。
《ディスコボロス》ミュロン 紀元前450-440年を紀元2世紀に摸刻 大英博物館(参照画像)《赤像式パテナイア小型アンフォラボクシング》前500年ころ アテネ国立考古学博物館蔵 (c)The Hellenic Ministry of Culture And Sports-Archaeological Receipts Fund
見功者(みこうじゃ)と言う言葉がある。歌舞伎やアイススケートなどのファンの方はお
分かりだと思うが、人の目はすぐ肥えるのである。それが300回も続いた時の蓄積た
るや・・・。このことを人は想像できるだろうか。
ギリシャ人は強さだけでなく形態の美しさも比べ、鑑賞し、ついには絶対美の法則を抽
出して最も理想のモデリングを作ろうと努める。古代オリンピックの代表競技は、ボクシ
ング、レスリングなどだが、上の有名な《ディスコボロス》(今展には来ていないので注意)
あたりを見れば、言わんとすることはお分かり頂けるだろう。
片足に体重をかけ体をひねる、ギリシャ彫刻独特の美の様式の原型が、もうここにある。
「コントラポスト」と言われるが、動を孕んだ静止美、ストップモーションのような緊張感の
ある凝縮した美意識だ。コントラポストは初め男像を刻むのに用いられ、次いでヴィーナ
ス像にも応用され、終には近現代の美の規範となって、今も美の世界に君臨している。
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思えば今から2500年前の昔、ユーラシア大陸は青銅器と神話の時代から、鉄による
食料生産革命を経て、哲学やスポーツや芸術が花開く都市文化の時代に移る。のちの
ルネサンスも含めて、現代の原風景はすべてここにある。それゆえに僕はギリシャのこ
の時代を強く憧憬する。さて次回はアレクサンダー大王とヘレニズムについて(続く)。
岩佐 倫太郎 美術評論家 美術ソムリエ
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