いずれが菖蒲(あやめ)か燕子花(かきつばた)――モディリアーニの裸婦、2大傑作が出会うとき

■いずれが菖蒲(あやめ)か燕子花(かきつばた)――モディリアーニの裸婦、2大傑作が出会うとき■

 

画像でお示しした2点のヌードは、いずれもイタリアのモディリアーニ(1884-1920)の作品です。目下開催されている大阪中之島美術館の開館記念展で、同じコーナーに二つ並べて展示され、ファンとしては見逃せない展覧会の最高の見どころの一つとなっています。まずこの《髪をほどいた横たわる裸婦》の方ですが、すでに多くの方におなじみになっているかもしれませんね。館が誇る収蔵品の中でも、「お宝」といってもいいでしょう。というのは、この60×90センチほどの絵が時価200億円はするらしいといった俗な話はさて置き、同時代の「エコール・ド・パリ」の多くの画家たちの中でも、美術的教養は断トツのモディリアーニの、傑作中の傑作と思えるからです。

アメデオ・モディリアーニ 《髪をほどいた横たわる裸婦》 1917年 大阪中之島美術館 所蔵
手がよく動く自在なデッサン力は、やはりモディリアーニが子供のころから絵の勉強を始め、若くしてフィレンツェヴェネツィアでも学校で学び、またルネサンスの膨大な名作を身に沁みこむまで見てきたことと不可分ではありません。輪郭線を使った描画法は、浮世絵が西洋画に与えた影響を引き継いでいます。抑制された数の色が、分量感を心得て配分されているのも見事です。また、見落とさないでいただきたいのは、トリミングの巧みさでしょう。この絵もまるで写真のように、頭の部分も膝の部分もぎりぎりまでトリミングされて、心地よい造形的な緊張感を生んでいます。ルネサンス期のティツィアーノの《ウルビーノのヴィーナス》や有名なマネの《オランピア》などの名作を下敷きにしながら、それをグラフィックで近代的なセンスで再構成しているのです。

 

 上の横たわるヌードが近代的なイラスト感覚とすれば、下の作品、《座る裸婦》は古典的な含蓄を持ったヌード画といえます。ベルギーの王立美術館の所蔵品ですが、僕は作品を見て唸ってしまいました。同じ1917年に描かれたものながら、こちらの「座る」方は女性の体の立体感を損なわず、省略せずにクラシックともいえる感覚で再現しているのです。いったい一人の作家が、同じ年に同じテーマを扱いながら、ここまで描き分けられるとは!特に感心すべきは首と背骨、骨盤の骨の微妙な傾きやズラシではないでしょうか。一番ごまかしのきかない人体の骨組みと量感を描き切っています。凄い力量です。そもそもヌードは立ち姿か或いは寝姿しかなかったのが、このばあい座る姿ですから、これも驚くべき大発明。座りの姿勢ながら、体のねじりの美しさは、《ミロのヴィーナス》などギリシャ彫刻をほうふつさせると僕は感じ入っています。甲乙つけがたいモディリアーニのヌードの双璧が中之島で出会いました。

 

アメデオ・モディリアーニ 《座る裸婦》 1917年 アントワープ王立美術館(ベルギー) 所蔵

 

ところでもうお気づきになったと思いますが、二つの絵のモデルは同一人物です。モディリアーニのモデルを務め、内縁の妻でもあったジャンヌ・エビュテルヌだと僕は考えています。教養と才能にあふれたモディリアーニは惜しいかな、1920年に35歳という若さで病死します。 ジャンヌはモディリアーニの死を悲しむあまりか、その2日後、後追いの飛び降り自殺をしてしまいます。まだ21歳。お腹には9か月の彼らの子がいたといいます。

 

■開館記念特別展「モディリアーニ――愛と創作に捧げた35年――」は大阪中之島美術館で開催中。7月18日まで。

 

岩佐倫太郎 美術評論家/美術ソムリエ