2023年の音楽日記

【2023年の音楽日記】

今年(2023)は正月に、吉村ひまりちゃんという 11 歳のバイオリニストを聞きに行きました。天才少女などとはもう呼べないくらい音楽性が確立していて、演奏のオーラに感銘を受けました。体が成長したらどんな演奏家になるのか、とても楽しみです。
バイオリンでは、僕の好きなモルドバコパチンスカヤが来ました。昔からバイオリンの美姫として知られますが、予想を裏切るアグレッシブな探求心にあふれた演奏!ヤナーチェクに開眼したのはそのお陰です。
7月は恒例の佐渡オペラ。モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」。高尚ぶっていないのに毎年高いクオリティが続きます。ダブル・キャストで日本人組の主役の大西宇宙、騎士長の娘役の高野百合絵らは、外人組に全くひけを取らない素晴らしい実力を示してくれました。
8月はびわ湖ホールで往年の名ソプラノ、林康子が若手歌手を指導する研究会に2日間通いました。業界人でもないのに変態的ですが(笑)、朝から夕方まで歌唱指導の現場を一般にも開放して、勉強になり、エンタメとしても最高!でした。
秋は来日したボローニャ歌劇団の、「ノルマ」と「トスカ」。ノルマではメゾ・ソプラノ、脇園彩の驚きの美声と歌唱力に出会えたのも、今年の収穫。



ところで話は変わりますが、夏にドン・ジョヴァンニを観て、僕はなぜこんな荒唐無稽なまでに不届きな物語が可能だったのか、ずっと不審に思っていました。キリスト教の倫理観からすると、とんでもなく不埒だろうと。作家は、「フィガロの結婚」や「コジファン・トッテ」も担当したヒット・メーカーのダ・ポンテです。
主人公は千人切りで知られるドン・ファンで、情交した女の数を自慢して、足が2本あってスカートを穿いてりゃ何でもいいのさと、多情な博愛ぶりをアリアで自慢します。欲情余って、女の棲む館に姦通目的で忍び込み、出食わした父親を剣で刺殺して逃亡。ついに死んで幽霊となった父親に焼き殺されるという、セックス、殺人、カルトと何でもありの物語。オペラが上品で高級なものと思う人にはびっくりポン!
ぼくはこんなドン・ジョヴァンニを生んだ源流はシェイクスピアだろうとあるとき閃きました。シェイクスピアは17世紀初め、古代ギリシャの悲劇に範を求め、神の重力を排除した生身の人間の愛憎や、権力欲、孤独などを怜悧に追求して(これぞルネサンス)、人間100パーセントで世界説明をするモデルを再構築しました。
ダ・ポンテはシェイクスピアを下敷きに、そのあとに続くフランスの喜劇作家(で役者)のモリエールの伝統も受け継ぎ、彼の「ドン・ジュアン」なども底本にしながら、ドン・ジョヴァンニの台本を完成させたのではないか。人間の愚かさや狂気を冷徹に、あるいは諧謔的寛容をもって、恐れの身震いと笑いを同居させて見事成功しています。人間ってどうしようもない奴だーーこの系譜が、ダ・ポンテとモーツァルトの作るオペラなんだと理解にいたりました。

さて2024の舞台の楽しみは、3月、びわ湖ホールの「ばらの騎士」そして4月、文楽豊竹呂太夫師匠の待望の十一代目若太夫襲名公演(国立文楽劇場)です。