【ショパン・コンクール、1位リウは舞踏派、2位反田は武闘派】

ショパン・コンクール、1位リウは舞踏派、2位反田は武闘派】

 

もう結果はご存知の方も多いだろう。ショパン国際ピアノ・コンクールの1位はカナダのブルース・リウだった。僕の独自予想ではリウを2位グループにランクしていて、反田恭平が優勝候補のイチ押しだったのだが残念!でも、大変な快挙と言うべきだろう。また小林愛実も4位だった。心より祝福したい。

 

リウは、ユーチューブでみるとファイナルでワルシャワ交響楽団との息もよくあっていた。オケも今回随一の演奏をしたと思う。彼の演奏スタイルは、あくまで雅びで、貴族的。何と呼ぶのか、薬指で鍵盤を押し込んだあとバイオリニストのように指を震わせるところなどピアノの妙技に、思わず聴衆も我を忘れる演奏だったのではないか。また、ピアノがFAZIOLI(ファツィオーリ)だったのも良かった。イタリアの高級ブランドは音がまろやかで伸びが良く、ホルンや木管楽器ともすごく親和性が高い。

 

いっぽう反田は、ファツィオーリの愛好家であるはずだが、スタンウェイで臨んだ。エッジの効いた彼のショパンの表現からすると必然の選択だったろう。反田が能動的な左手の指捌きで披露した重厚感は驚きだった。入賞しなかったファイナリストの若い人たちがたいてい、運動神経たっぷりによく動く指で美麗で軽快なタッチのショパンを弾くのに比べて、反田のはショパンの持つ農夫的な郷愁や怨念の暗さを分厚く表現していた。またそれゆえに高音部もよく響いて、ショパンの音宇宙の幅と奥行きを立体的に示したと思う。

 

リウと反田、どちらが優れているか甲乙つけがたい。ただ言えるのは、コロナ禍で疲弊気味の会場の音楽家や審査員が、リウの古楽器のピアノのような優美なサロン的演奏に現実を忘れ、大いなる慰安を見出して、ややそちらの方に好みが傾いたという事だろう。今になって思うのは、長髪で横顔が立体的でちょっとショパンをほうふつさせるリウの容姿に、多くの人がショパンの時代の音楽サロンにタイムスリップして招かれたような幻想を覚えたのかもしれない。

 

もしリウを芸術サロンの雰囲気の中で、華麗なる指の舞を見せた「舞踏派」と呼ぶなら、反田は丁髷姿でショパンに切り込んで多元的な新しさを開示した「武闘派」だと言える。2位とはいえこれまでやってきたことは間違いないし、まだ伸びしろも感じるので反田の今後の更なる大成を期待したい。

 

最後に4位入賞を果たした小林愛実についても触れないわけにいかない。彼女の第3次予選の「24のプレリュード」を聴いて、僕は戦慄を覚えた。6年前のときとは打って変わって、芸術家としての自立や覚悟を感じる。もはや選ばれたり試されたりしている意識はなかっただろう。一音一音の彫琢の深さと揺らぎは、ショパンが内包するポーランド音楽の伝統に沈潜しながら、同時にショパンの持つ現代性をそこから紡ぎだしてくるものだった。ファイナルでのコンチェルトも今までの人にないショパンの色彩性を感じさせた。ロマン派前期の作曲家とされるショパンが、じつは脱構築印象派的な、あるいは今日のジャズ的な先駆的資質を持った作曲家であることをよく示したと思う。

 

二人の日本人の演奏は、今回ショパンの解釈を新しくし、前進させた。コンクールへの貢献は多大であることを、いちばん最後に特筆しておきたい(ショパコンの話は、これにて了)。